大器晩成という言葉は、競走馬の世界ではあまり目にすることができなくなってきました。特に近年はクラシックを目指して2歳から活躍することが求められ、余裕をもって3歳春のG1に臨むことが至上という傾向が、ますます強くなっているように思えます。
そんな中、クラシックに乗れなかった馬たちは、古馬になっても一つでも上を目指して調教に取り組むのですが、そう簡単にシンデレラストーリーが現実になることはありません。
最近ではモーリスが、1000万下(現2勝C)で4歳を迎え、そこから4連勝で安田記念を勝ってG1ホースになるという派手な出世ストーリーを見せましたが、逆に言うとそれぐらい珍しい例なのです。
そんな奇跡のような物語が、今年のジャパンCで現実になりました。
優勝したのは5歳馬のヴェラアズール。1歳秋に左トモを骨折するなど足元の不安があって、デビューは3歳の2020年3月。血統的にはエイシンフラッシュ×クロフネと芝向きとも思われましたが、体が大きかったため脚のことも考えてダート戦を使われます。しかし2,3着と惜敗を繰り返し、未勝利を勝ちあがったのは6月の5戦目。さらに2勝目は4歳の1月と、とても出世を期待できる成績ではありません。それでも陣営はダートを使い続けますが3勝目は遠く、2勝馬のまま5歳に。今年の年明け初戦も負けて、16戦2勝という完全な頭打ち状態。
休み明けの3月の復帰戦にもダートを予定していましたが登録が多かったので、初めて芝2600mのレースを使うと、あっさりと3勝目をあげます。そしてそこから快進撃が始まりました。
3勝Cを3着、3着、1着と3戦で卒業すると、いきなりG2京都大賞典に挑戦。前走の勝ち方が鮮やかだったこともあり2番人気に支持されると、後方から直線一気に突き抜けて2 1/2馬身差の快勝で重賞初制覇。
勇躍G1ジャパンCに挑戦してきたのです。
しかしいくらG2を鮮やかに勝ったとはいえ、いきなりG1で通用するかとなると、そこは難しいものがあります。目に見えないクラスの壁のようなものがあって、それに跳ね返される例はたくさん見てきました。
それもあって、個人的にはやや懐疑的ではあったのですが、今年のジャパンCは国内G1勝ち馬が3頭で、そのいずれも前走は着外に負けているという手薄なメンバー構成ということもあり、一定の評価が必要だとは思っていました。
ところがそんな懐疑的な評価を覆すような鮮やかな走りを、ヴェラアズールは見せたのです。
世界的な名手ムーア騎手を鞍上に配したヴェラアズールは、1000m1.01.1という落ち着いた流れの中、後方の内を追走します。直線はなかなか前が開かず、進路取りに苦労する中、ヴェルトライゼンデ、ダノンベルーガ、シャフリヤールなどの人気馬が残り200mを切って先頭争いを繰り広げます。そして残り100mを切ってシャフリヤールが外からヴェルトライゼンデを交わして先頭に立とうかというところで、2頭の間を切り裂くように抜けてきたのがヴェラアズール。
一気に抜け出すとシャフリヤールに3/4馬身差をつけて、見事にG1初挑戦での戴冠となりました。今年からジャパンCの1着賞金が4億円となる中、まさに馬主孝行な馬だといえます。
先ほど挙げたモーリスの例はあるものの、古馬G1の王道であるジャパンCで年明け条件馬から勝つような馬はいないだろうと思い、念のため調べてみたら、なんと先輩がいたことがわかりました。
それは2008年の勝ち馬スクリーンヒーロー。3歳時はラジオNIKKEI賞2着、セントライト記念3着があったものの、4歳は1000万下(現2勝C)の条件馬で迎えます。夏に1000万下を勝つと、OP、1600万下(現3勝C)と連続2着の後、アルゼンチン共和国杯で重賞初制覇。その勢いで、9番人気ながらジャパンCを勝ったのです。
スクリーンヒーローはG1こそジャパンCの1勝だけでしたが、種牡馬としてはモーリス、ゴールドアクターのG1馬をはじめ、ウインマリリンやアートハウスなどマイルから長距離までさまざまな重賞を勝つ産駒を多く送り出し、成功しています。
ヴェラアズールも自らの成長力を後世につなぐ種牡馬として、期待できるかもしれません。今後が楽しみです。