タイキシャトルの思い出

タイキシャトルが8/17に亡くなりました。余生を送っていた養老牧場ノーザンレイクで、朝馬房で死んでいるのが発見されたとのこと。老衰による心不全で静かな最期だったようです。前日まで元気だったそうで、突然のことに驚きと悲しみを禁じえません。最後に会ったのは3年前でしたが、その時もとても元気でした。ご冥福をお祈りします。

タイキシャトルといえば、その短距離での強さは、他に類を見ないものでした。
1997年4月にデビューすると3連勝。4戦目のOPこそクビ差2着に敗れたものの、そこからダートのユニコーンS、芝のスワンSと重賞を連勝。
3歳(当時4歳。以下現年齢で表記)で初めて臨んだG1マイルCSでは、ジェニュインやキョウエイマーチ、サイレンススズカなどを相手に、力強い末脚で差し切ってキョウエイマーチに2 1/2馬身差の圧勝。しかしそれはまだ本当の強さの片りんを見せたにすぎませんでした。

続くスプリンターズSは初の芝1200mにもかかわらず1.9倍の1番人気に応えて、3歳馬ながら古馬G1を連勝。JRA賞の最優秀短距離馬に選ばれました。

そして1998年、4歳になると連勝街道を突き進みます。京王杯SCを圧勝して臨んだのが、春のマイル王決定戦安田記念。大雨で煙って向こう正面がかすむほどの不良馬場を、1頭だけスイスイと抜け出してきて圧勝したことを覚えています。
思い返してみると、タイキシャトルのレースを生で見たのはこの安田記念だけだったこともあり、余計に印象深いということもあるかもしれません。

そして夏にはヨーロッパを代表するマイルG1ジャック・ル・マロワ賞に出るために、フランスに遠征。
日本馬による初の海外G1制覇が現実のものになるのではという期待を抱かせるに十分な実績を持っていることもあり、個人的にも注目していました。特にフランスは馬場が悪いというイメージが強く、不良の安田記念での強さが、その想いを大きく後押ししていたのです。
ところが、1週前に行われたG1モーリス・ド・ゲスト賞をシーキングザパールが勝つという快挙があり、ほぼノーマークだったがゆえにこちらが海外初G1制覇だったかと驚いたのですが、逆により強いと思われるタイキシャトルへの期待が盛り上がることになりました。

当時は今のように生中継が行われてはいなかったと思うので、翌朝に結果を知ることとなりました。後で見たVTRでは、初めて見るマイルの直線コースへの戸惑い、特にどこで追い出せばいいのかよくわからないということで、騎乗した岡部騎手の苦労もしのばれましたが、それを勝ちきるタイキシャトルの特に精神面での強さには、あらためて感心させられました。

そして帰国初戦のマイルCSは1.3倍の圧倒的な人気に応えて連覇を達成。3歳のユニコーンSからG1 5勝を含む重賞8連勝となります。これはJRAではテイエムオペラオーと並ぶ最多記録です。

次走はいよいよ引退戦となるスプリンターズSに向かいます。レース後に引退式が行われることが発表されると、それほど自信があるのだと思われたこともあり、当日はなんと1.1倍という人気。前年に強い勝ち方をしているので、ここは花道ということできれいに圧勝して競馬場をあとにするのだろうと、多くの人が思っていた証拠でしょう。

ところが好事魔多し。
好スタートから好位を進んだタイキシャトルは、4コーナーで馬場の良い外目を回して、直線は余裕で先頭に立とうとします。しかし外から並びかけてきたマイネルラヴが粘りを見せて振り切ることができません。岡部騎手が懸命に追うものの、マイネルラヴに前に出られてしまいます。
それでも差し返そうと最後まで頑張るものの、ゴール前で力尽きた感じで、最後は大外を一気に追いこんできたシーキングザパールにもかわされて、生涯で初めて連対を外す3着に。
引退式を前になんとも締まらない結果となってしまい、「やってしまった」というかなり残念な雰囲気に競馬場(東京競馬場でリモート観戦していたのですが)がなったことを、今でも覚えています。

しかしこの年に海外を含むG1 3勝ということで、マイル以下を主戦場とする馬としては初めて年度代表馬に選出。短距離馬の地位向上に大きく貢献したといえるでしょう。

1999年から種牡馬入りしたタイキシャトルは、浦河のイーストスタッドと日高のアロースタッドを2年おきに移動する生活を送っていたそうですが、2007年にアロースタッドを訪れた時に会っています。
なかなか顔を出さない馬もいる中、タイキシャトルは常に顔を出してサービス精神旺盛な印象。たぶん人が好きなんだろうなと思わせました。写真を撮られることがわかっているのか、常にポーズを決めてみせて、人気ものでした。

2007年9月18日 アロースタッド
2007年9月18日 アロースタッド

次に会ったのは2019年。2017年に種牡馬を引退してヴェルサイユファームで功労馬として繋養されていました。
事前の説明で、噛むのであまり近づかないようにと注意を受けていたので、おっかなびっくり見ていたのですが、すぐに寄ってきて目の前で草を食べ始めます。噛むのもおそらく親愛の情の表現でしょうし、相変わらず人が好きなんだと思わせる振る舞いでした。

2019年8月25日 ヴェルサイユファーム
2019年8月25日 ヴェルサイユファーム
2019年8月25日 ヴェルサイユファーム

種牡馬としては、ウインクリューガー(2003年 NHKマイルC)、メイショウボーラー(2005年 フェブラリーS)と2頭のG1馬を輩出。ほかにもおもにマイル以下で活躍する馬を多く生み出しましたが、自身の競走成績に迫るほどの馬は、残念ながら出すことはできませんでした。

それでもその強さと、人懐こい明るい雰囲気から多くの人に愛された生涯だったと思います。今年のジャック・ル・マロワ賞の際には、タイキシャトルのレースを振り返るなど話題になることが多く、あらためて当時を思い出す人が多い中での訃報だったため、より大きな話題になったのでしょう。
いつまでも記憶に残る馬として、語り継ぎたい1頭です。

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