3歳牝馬3冠は1986年にメジロラモーヌが達成(当時3冠目はエリザベス女王杯)したあとは長く現れず、1996年に秋華賞が3冠目のレースとして創設されてからは、ようやく2003年にスティルインラブが獲得したが、絶対的な存在という牝馬はなかなか出て来なかった。 しかし2010年以降は11年で4頭が3冠馬となっており、いきなり強い牝馬が続けて生まれてきた印象がある。
さらにG1勝利の数でも、牝馬のレベルが急速に上がってきたことを感じさせる。 シンボリルドルフが達成して以来、長らく芝G1の最多勝は7勝だった。それに最初に並んだ牝馬は2009年のウオッカだったが、2頭目に達成したのが2014年のジェンティルドンナだった。しかもウオッカは7勝中6勝が東京競馬場のG1だったのに対して、ジェンティルドンナは5つの競馬場でG1を獲得。 牡馬顔負けのレースを見せることもあり、かなり強い印象を残した牝馬だった。
ジェンティルドンナのデビューは2011年11月19日の京都芝1600m新馬戦。全姉のドナウブルー(同日の最終レースで1000万下を勝つ)がフィリーズR4着など重賞で好走していたこともあり1番人気に押されるが、逃げ馬をとらえられず2着。 翌月未勝利を圧勝すると、翌2012年のシンザン記念にルメール騎手鞍上で出走する。牡馬相手に先行して1 1/4馬身差で重賞初制覇を飾ると、クラシックを目指してチューリップ賞に駒を進めてくる。 このレースから主戦騎手は岩田騎手となる。ところがレースの2週間前に熱発。なんとか立て直し、当日は2歳女王ジョワドヴィーヴルに次ぐ2番人気となるが、中団から伸び一息で、同じ位置から伸びたハナズゴールに3 1/4馬身差4着に敗れてしまう。
しかし敗因は熱発と明確だったこともあり、桜花賞でもジェンティルドンナは4.9倍の2番人気(1番人気は2.3倍でジョワドヴィーヴル)。個人的にも勝つのはどちらかだろうと思ったが、パドックではテンションが高めのジョワドヴィーヴルに対して、ジェンティルドンナは落ち着いていて伸びやかな歩様でトモの踏み込みも深く、印象はジェンティルドンナの方が上だった。
レースではジェンティルドンナは中団やや後方を進む。そのまま直線を向くと外から前を追う。馬群からヴィルシーナとアイムユアーズが前に出るが、そこに外からジェンティルドンナが並びかけて、3頭が抜け出してたたき合いに。 しかし最後はジェンティルドンナが抜け出して、ヴィルシーナに1/2馬身差で1着。見事にクラシック1冠を制する。
ところがオークスでは、フローラSを2 1/2馬身差で圧勝したミッドサマーフェア、桜花賞2着でクイーンC勝ちのヴィルシーナに次ぐ3番人気。 それは上位2頭が東京での重賞勝ちと2000m以上での実績があるのに対して、ジェンティルドンナは関西の右回りのマイルしか経験がなく、また当時ディープインパクト産駒はG1ではマイルしか勝利がないことによる距離不安もあった。また主戦の岩田騎手が騎乗停止になり、川田騎手に乗り替わったのも影響したと思う。 個人的にも、桜花賞で着差が少なかったこともあり、ヴィルシーナが逆転するのではと予想した。
ところがジェンティルドンナがいつもより後方につけると、意外とペースが速くなり、おあつらえ向きの展開となる。直線に入るとジェンティルドンナは外から一気に脚を伸ばして、残り200mを過ぎて先頭。あとは後方を離す一方となり、最後は抑える余裕でヴィルシーナに5馬身差をつける圧勝。上りもただ1頭34秒台となる34.2で、力の違いを見せつけた。 結果的にマイルは短かったのだろうと思わせる完勝劇で、中距離において同世代の牝馬では抜けた存在であることを証明した。


ジェンティルドンナ 2012年5月20日 オークス出走時 東京競馬場
休み明けのローズSは1.5倍の圧倒的な支持に応えて、三度ヴィルシーナを下して1着。 3冠目の秋華賞では、さらに支持率が上がって1.3倍の1番人気となる。2番人気のヴィルシーナ(6.1倍)との一騎打ちの様相だったが、実質的には1強と見なされていた。 ジェンティルドンナは調教も素晴らしく、パドックでも落ち着いていてトモの踏み込みや毛づやも文句なく、個人的にもオッズ通りの評価だった。
レースでは、近走差し脚質だったヴィルシーナを内田騎手が懸命に押してハナに立たせる。ジェンティルドンナはいつもどおり中団につけるが、ペースはスローで展開はヴィルシーナに向いたかと思われた。ところが向こう正面で最後方にいたチェリーメドゥーサの小牧騎手が押して一気に先頭まで行き、さらに5馬身以上差を広げて大逃げの形になる。 そのままジェンティルドンナは中団で直線に向くが、チェリーメドゥーサははるかかなたで、ヴィルシーナとも3馬身以上離れており、京都内回りの短い直線を思うと、大荒れの結果が頭をよぎる。 しかし外からジェンティルドンナが末脚を発揮して、残り100mぐらいで2番手のヴィルシーナに外から並びかける。この時点でもまだチェリーメドゥーサとは4馬身ほど差があったが、2頭で馬体を合わせると一気に伸びて残り50mぐらいでチェリーメドゥーサをかわして2頭のマッチレースに。そのまま並んでゴールするが、写真判定の結果、ハナ差でジェンティルドンナが3冠を達成した。 予想外の展開にも対応して勝ちきったジェンティルドンナの勝因は、まさに底力としか表現できないものだが、3冠をつかみ取るには、その実力にプラスして運が必要ということも痛感させられた結果だった。
牝馬3冠を達成したジェンティルドンナは、次走ジャパンCに出走する。 ここは凱旋門賞を2着と惜敗したオルフェーヴルが帰国初戦に選んでおり、疲れが心配されながらも2.0倍の1番人気。3歳牝馬にはさすがに荷が重いだろうと、ジェンティルドンナは6.6倍の3番人気となった。 ただしファビラスラフインやウオッカの例からも、秋には3歳牝馬でも斤量差を生かして古馬と十分に勝負になるので、個人的にはジェンティルドンナを重視していた。
ジェンティルドンナは岩田騎手が内の馬場が良いと狙っていた通り、逃げるビートブラックを見る3番手につけると、1000mは1.00.2と遅めで向いた流れとなる。対するオルフェーヴルは後方につけるが3コーナーから進出開始。4コーナーでは馬なりで先団に並びかける。 直線に入ってビートブラックが5馬身ほど差をつけて大逃げとなるも、外から馬なりで迫るオルフェーヴルに対して、最内から懸命に追ってジェンティルドンナも差をつめてきて、並んで前を追う。 残り200mでオルフェーヴルの池添騎手が、内のジェンティルドンナを逃げるビートブラックの後ろに押し込めようとするが、ジェンティルドンナの岩田騎手はオルフェーヴルに馬体をぶつけて進路をあける。一瞬ひるんだオルフェーヴルの前にジェンティルドンナが出るが、そこからは馬体をぶつけながらの壮絶な追い比べが100mぐらい続く。しかし最後までジェンティルドンナはオルフェーヴルにかわさせず、ハナ差で1着。
岩田騎手は進路の取り方が強引だったと2日間の騎乗停止となったが、着順は変わらずジェンティルドンナは初の古馬対戦となったG1で金星を獲得した。しかも当時現役最強と言われていた4歳牡馬オルフェーヴルを倒しての戴冠。それを3歳牝馬が成し遂げたのだ。牡馬相手にたたきあいを制する精神力もすごいが、相手をはじき飛ばす勝負根性にも驚かされた。とはいえ、当日のジェンティルドンナの馬体重460kgに対してオルフェーヴル458kg。恵まれた馬体の賜物でもあった。 G1 4勝を飾ったジェンティルドンナは2012年の年度代表馬に選ばれた。これは3歳牝馬としては史上初のこと。翌年以降のさらなる飛躍が期待された。

ジェンティルドンナ 2012年11月25日 ジャパンC出走時 東京競馬場
2013年、4歳になっての初戦は、初の海外遠征となるドバイシーマクラシックとなった。オルフェーヴルに勝ったということで期待されたが、セントニコラスアビーの2着に敗れる。 そして帰国初戦は宝塚記念に出走。2.4倍の1番人気となったが、パドックではいつもよりテンションが高くトモも固めに見え、疲れが残っているのではと心配になった。 レースは3番手から進めるが、直線でいつもの伸びがなく、ゴールドシップに差され、ダノンバラードをとらえられず3着に敗れる。
夏の休みをはさんで、秋の復帰初戦は天皇賞(秋)。ここでもジェンティルドンナは2.0倍の1番人気に支持される。宝塚記念の負け方が気になったが、休んで疲れも取れただろうと期待した。 レースではやや掛かり気味に先行する。直線に入り前を追って伸びるが、残り200mで後方からジャスタウェイにかわされると一気に突き放される。なんとか2着は死守するものの、ジャスタウェイには4馬身離された。

ジェンティルドンナ 2013年10月27日 天皇賞(秋)出走時 東京競馬場
これで2013年はG1ばかり3戦してすべて勝てず。着順は悪くないが着差は大きく、前年の好調とは一転してスランプに陥ったように見えた。 そして連覇を狙ってジャパンCに出走する。33回の歴史の中で、ジャパンCを連覇した馬は1頭もおらず、成し遂げれば快挙となる。短期免許で来日したイギリスの名手ムーア騎手に乗り替わったジェンティルドンナは、2.1倍の1番人気となった。 東京芝2400mではG1を2戦2勝と得意の舞台ではあったが、やはり前走掛かって負けたことと、グランプリ2勝を含むG1 4勝のゴールドシップ(3.4倍の2番人気)の存在も気になった。
エイシンフラッシュが押し出されるようにハナに立ち、1000mが1.02.4とかなりのスローペース。ジェンティルドンナはやや掛かり気味に先行するが、3コーナーすぎから最後方にいたゴールドシップが進出開始するとペースが上がる。 直線で逃げるエイシンフラッシュにジェンティルドンナは内から迫り、残り400mを切ったところで早くも先頭に立つ。そのまま差を広げるも、残り100mを切って脚色が鈍り、後方から3歳牝馬のデニムアンドルビーが鋭い末脚で迫るが、辛くもハナ差抑えて見事にジャパンC初の連覇を飾った。
同じハナ差勝ちとはいえ、オルフェーヴルに競り勝った前年に比べて、掛かってぎりぎり残したこの年の勝ち方は、危うさを感じさせるものだった。しかし勝ちきるところが、力のある証拠ともいえるだろう。

ジェンティルドンナ 2013年11月24日 ジャパンC出走時 東京競馬場
翌2014年、5歳になったジェンティルドンナは、初戦に福永騎手鞍上で京都記念に出走するが、好位から伸びずに1.6倍の圧倒的人気を裏切り6着に敗退。初めて掲示板を外す結果に終わる。 しかし前年に続いて遠征したドバイシーマCで、再びムーア騎手を鞍上に迎えると、中団内を折り合って追走。直線は前が詰まって、大きく進路を外に切り替える不利があったが、一気に脚を伸ばすと前を交わして2馬身差の勝利。見事にG1 6勝目を飾る。
ところが帰国初戦の宝塚記念は、川田騎手騎乗で3番人気におされるも中団から伸びずに9着と、キャリア最低着順に沈む。 秋になって初戦の天皇賞(秋)は戸崎騎手鞍上で2番人気に押される。先行して直線はその年の皐月賞馬イスラボニータと競り合いを繰り広げるが、最後に外から差してきたスピルバーグに差されて3/4差2着 続いて3連覇を狙って三度ムーア騎手鞍上でジャパンCに出走。3戦3勝のコース適性に加えて偉業への期待もあり、3.6倍の1番人気に推される。中団内をやや抑え気味に進み、直線は内目から先に抜け出したエピファネイアを懸命に追うが差を広げられる一方となり、ゴール直前でスピルバーグに差されて4着。
得意の東京芝2400mで初めて、しかも5馬身差以上で負けたこともあり、もう終わったのではという論調が強くなった。陣営はジャパンCでの引退も考えていたようだが、このままではという想いもあったのだろう。現役最後の戦いに有馬記念を選択する。 ただしジェンティルドンナといえば末脚で勝負する印象が強く、それもあってか直線が短い中山は一度も走ったことがない。その末脚がしばらく影を潜めていることもあり、ゴールドシップ、エピファネイア、ジャスタウェイといったG1勝ちの牡馬にやや離された8.7倍の4番人気という評価になった。 調教もあまりよく見せなかったこともあり、個人的にも連下までかと思っていた。
天皇賞(秋)以来の2回目のコンビとなった戸崎騎手を鞍上に、ジェンティルドンナは好スタートから、最初こそ行きたがるも、すぐに折り合って、やや離れた3番手を進む。4コーナーで2番手に上がると、直線は先に抜け出したエピファネイアに猛然と襲い掛かる。 残り100mでエピファネイアをかわして先頭に立つと、最後は差してきたトゥザワールド、ゴールドシップ、ジャスタウェイなどを抑えて3/4馬身差の1着。 牝馬の有馬記念制覇はダイワスカーレット以来の史上5頭目で、芝G1 7勝は5頭目で牝馬ではウオッカに続く2頭目の快挙となった。ただし7勝中3歳3冠以外の4勝は牡馬相手にあげたもので、まさに男勝りの成績。さらに5つの競馬場で勝っているのも、価値が大きいと言える。
2014年は国内G1を複数勝った馬がおらず、ジェンティルドンナがドバイシーマCとG1を2勝ということで、2012年以来の2度目の年度代表馬に選ばれた。 3,4歳時に比べると力の衰えはあったと思うが、最後に勝ちきる精神力は、オルフェーヴルに競り勝ったジャパンCをあげるまでもなく、素晴らしいものがあったと思う。
その後、生まれ故郷のノーザンファームで繁殖入りし、2022年までに3頭のいずれも牝馬を中央競馬に送り出している。勝ち上がり率は高いものの、重賞勝ち馬はなく、少し物足りない状況と言えるだろう。 しかし3番仔のジェラルディーナが重賞で好走しており、今後の産駒の活躍は期待できると思う。ぜひ母を超えるような活躍馬を送り出して、自らの血統を残していってほしい。
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