ディープインパクト

性別 毛色 鹿毛
生年月日 2002年3月25日 所属 栗東・池江泰郎厩舎
サンデーサイレンス ウインドインハーヘア (母父:アルザオ)
戦績 14戦12勝
(12・1・0・1)
生産者 北海道早来 ノーザンファーム
馬主 金子真人ホールディングス 騎手 武豊
おもな
勝ち鞍
皐月賞(2005),ダービー(2005),菊花賞(2005),天皇賞(春)(2006),
宝塚記念(2006),ジャパンC(2006),有馬記念(2006),
弥生賞(2005),神戸新聞杯(2005),阪神大賞典(2006)

 ディープインパクト ~日本近代競馬の結晶~ [DVD]

    競走馬も生き物である以上、完璧ということはあり得ない。それゆえパーフェクトな成績、例えば生涯無敗とか、常に圧倒的な強さで勝つという馬には強いあこがれを感じる。
    ディープインパクトは、そんなあこがれと、安心して買える信頼感の両方を、高いレベルでかなえてくれた馬だった。強い馬はこれまで何頭も見てきたが、名前通りの衝撃と安定感に感心させられたという意味では、やはりNo.1だったと思う。

    3歳(2005年)

    そのディープインパクトのレースで最初に大きな衝撃を受けたのは、2005年1月22日デビュー2戦目の若駒Sだった。前年12月の新馬の勝ち方が強かったが、その後は普通の馬になっていった例もたくさん見てきたので、半ば懐疑的にレースを見ていた。
    レースは7頭立ての少頭数で、ディープインパクトは後方につける。縦長の展開でもずっと後方にいて、4コーナー手前で武豊騎手が押すも後方のまま。やはり評判倒れだったかと思い、画面も前方の馬に切り替わりディープインパクトは画面からいったん切れる。
    しかし次に引きの映像になると、外からまさに次元の違う脚で追い込んできて一気に先頭に立つと、最後は抑えて5馬身差の圧勝。これはものが違うと感じさせられた。

    しかしクラシックを見据えて東上した3戦目の弥生賞は、期待に反して意外な接戦となる。
    ディープインパクトはスローを後方から進むと、3コーナーから早めに進出し4コーナー大外から直線は先頭に立つも、内から伸びてきたアドマイヤジャパンの抵抗にあう。
    最後はクビ差抜け出して1着。一見危なかったようにも見えたが、懸命にムチを入れて追うアドマイヤジャパンに対して、ディープインパクトの武豊騎手は1発もムチを入れず、実際は着差以上の余裕の勝利だった。

    ところが弥生賞で着差が少なかったためか、皐月賞は1.3倍の1番人気。普通に見れば圧倒的な人気だが、これでも初の古馬対戦となったその年の有馬記念、翌年の失格となった遠征帰り初戦のジャパンCとならんで、生涯で最も高いオッズだった。
    ディープインパクトはスタートで大きく外によれて出遅れ、最後方からの追走となる。しかし向こう正面でポジションを上げていくと、4コーナーは大きく外を回し、直線は脚を伸ばして一気に先頭。最後は2 1/2馬身突き放して無敗で最初の1冠をものにした。
    その出遅れながらも危なげない勝ち方と、最後に一気に突き放す脚は、またもや衝撃的だった。ただ馬券的には、2着のシックスセンスを、同じサンデーサイレンス産駒ながら勝ちきれないレースぶりから切ってしまい、悔しい思いをしたことを覚えている。

    続くダービーは単勝オッズ1.1倍とすでに2冠確定という感じで、どんな勝ち方を見せるかが焦点だった。
    スタートでは出遅れたディープインパクトだが、後方追走から4コーナーでは外に出し、直線は馬場の良い大外から一気に先頭に立つ。内ラチ沿いで粘るインティライミと大きく離れた先頭争いも、最後はディープインパクトが突き放して5馬身差の圧勝。圧倒的な人気に応えた。ちなみに2番人気のインティライミは19.5倍で、いかに一本かぶりの人気だったかがわかる。

    ディープインパクト
    ディープインパクト 2005年5月29日 東京競馬場

    夏を越して神戸新聞杯も危なげなく勝ったディープインパクトは、無敗の3冠というシンボリルドルフ以来の快挙を目指して菊花賞に出走する。
    その歴史的偉業を生で見ようと、京都競馬場の指定席に挑戦することにした。前日に京都入りして駅前のホテルに宿を取り、近鉄の始発で競馬場に向かう。しかし夜明け前に着いた時には、すでに指定席は売り切れになっていた。聞いた話では、朝の4時には整理券を配って満席だったとか。
    仕方なく一般席に入ったが、時間を追うごとに人が増えていき、スタンドの階段にも人が座っていて馬券を買いに行くのも一苦労。あらためてその人気のすごさを実感した。

    ディープインパクト
    ディープインパクト 2005年10月23日 京都競馬場

    レースでは好スタートから中団につけたディープインパクトだが、3コーナーから行きたがるそぶりで直線に入っても落ち着かず、長距離戦で大丈夫かと心配になる。レース後に聞いた話では、1周目でゴールと勘違いして行きたがったそうで、その賢さに驚かされた。
    しかしゴールを過ぎて理解したようで、その後は落ち着いてレースを進める。そして4コーナーで外から進出すると、早めに抜け出したアドマイヤジャパンを残り100mで捉え、あとは離す一方。長距離戦とは思えない切れる脚を見せ、2馬身差で危なげなく無敗の3冠を達成した。その単勝オッズは1.0倍の元返し。いかに多くの人が無敗の3冠を確信していたかがうかがえる。
    レース後、西日を浴びて3本指をあげる満足げな武豊騎手と、満面の笑みで喜びを表す金子オーナーの姿が、とても印象的だった。シンボリルドルフの無敗の3冠に憧れながら、もう見ることはかなわないのではと思っていたので、とても感動したのを覚えている。

    ディープインパクト
    菊花賞 表彰式 2005年10月23日 京都競馬場

    しかし年末の有馬記念では、意表を突いたハーツクライの先行策に2着と初黒星を喫してしまう。レース後武豊騎手は、今日は飛ばなかったとコメントしていたが、ディープインパクト自身は1番の上りで1/2馬身差まで詰めており、個人的には勝ったハーツクライのルメール騎手のレース勘というか判断のすばらしさを賞賛すべきだと感じた。
    そして無敗の3冠制覇後の最初のジャパンCで、カツラギエースの逃げを捉えられず初めて負けたシンボリルドルフと、戦績まで似ているのも印象的だった。

    4歳(2006年)

    翌2006年、ディープインパクトは古馬になっても安定した強さを発揮して、天皇賞(春)、宝塚記念を制する。
    どちらのレースも、パドックで見たディープインパクトは、小柄な馬体ながらも堂々としていてトモの踏み込みも深く力強く、まさに理想のサラブレッドの姿を感じさせた。
    天皇賞(春)は出遅れながらも4コーナー手前で先頭に立つと後続を突き放し、レコードを1.0秒も更新する完勝。宝塚記念も後方から4コーナーで外を回すと、残り200mで前を交わし、馬場が悪い中でも後続を一気に突き放して余裕の1着。
    壮行レースも通過点という感じで、すでに国内に敵はいないという印象を強く与えた。

    そして秋は夢の凱旋門賞に挑む。この時はテレビでも特別番組が組まれ、多くの日本人が現地観戦に訪れるなど、ものすごい盛り上がりを見せた。はたしてディープインパクトに勝てる馬が世界にいるのだろうかと、個人的にもかなりの期待を持って生中継を見ていた。

    レースではいつもと違って先行し、最後の直線、前の2頭を交わしていったん先頭に立ったものの、そこからいつもの伸びが見られない。懸命に粘って叩き合いに持ち込むも、最後は後ろから来たレイルリンク、プライドの2頭にかわされて3位入線(その後、禁止薬物が検出されて失格)。
    あれほど強いディープインパクトでも勝てないかと、大きく落胆したことを昨日のように思い出す。レース後の武豊騎手の表情はかなり硬かったが、その悔しさは我々の想像を超えるものだっただろう。

    しかし帰国後は、またいつもの強いディープインパクトに戻ってジャパンC、有馬記念と連勝する。
    ジャパンCは改装中の東京競馬場で11頭の少頭数だったが、堅実なドリームパスポートと欧州を代表する牝馬ウィジャボードに圧勝。
    有馬記念は後方追走から3コーナー過ぎに進出開始し、直線は内から一気に抜け出すとポップロックに2馬身差をつけ、最後は手綱を抑える余裕の勝利。シンボリルドルフに並ぶG1 7勝をあげてターフに別れを告げた。
    レース後に行われた引退式では、すっかり日が落ちた中多くのファンが残り、スポットライトを浴びて黒光りするディープインパクトの馬体と、満足そうな笑顔の武豊騎手がとても印象的だった。

    種牡馬、その後

    その後の種牡馬としての活躍は、父サンデーサイレンスを凌ぐのではというすごさ。2年目の産駒ディープブリランテから2021年のシャフリヤールまで7頭のダービー馬を輩出したのを初め、クラシックはもちろん旧八大競走を産駒がすべて制覇している。2020年にはコントレイルが父に続く史上3頭目の無敗の3歳クラシック3冠を達成。有力な後継種牡馬となった。
    産駒が勝っていないG1は、スプリントの高松宮記念と、フェブラリーSとチャンピオンズCの両ダートG1のみ。すばらしい種牡馬成績を残しながら、特定のカテゴリーでは強い馬を出せないというのも、特徴といえるかもしれない。

    2007年9月に馬産地巡りをした際に、社台スタリオンステーションでディープインパクトに会っている。引退した翌年ということで、まだ産駒もデビューしていなかったが、見学者はかなり多かった。若々しい姿を間近で見ることができたのは、貴重な経験だったと思う。

    毎年のように活躍馬を生み出していたディープインパクトだが、2019年7月の終わりに突然の訃報が届いた。
    クビの具合が悪くて種付けを休止し、しばらく療養するとは聞いていたが、まさかそこまでのこととは思わず、翌年にはまた元気になって新しい子供たちを競馬場に送り出してくれると思っていたのだが。

    報道によると、7/28にクビの手術をして経過は良好だったものの、翌7/29に立てなくなり、7/30にレントゲンを撮ったところ頸椎の骨折が判明。回復が見込めないために安楽死の処分が下されたとのこと。まだ17歳と、その後の活躍も大いに期待されていただけに、かなりショッキングなニュースだった。

    種牡馬として覇を争ったキングカメハメハも同じ年に引退し、直後に死亡。令和になって種牡馬の世代交代が劇的に進んでいくことを強く印象付ける2頭の死だった。しかし平成を彩ったディープインパクトの功績は、日本の競馬界を代表する馬の1頭として、いつまでも色あせることはないだろう。


    ディープインパクト
    ディープインパクト 2007年9月16日 社台スタリオンステーション

    ディープインパクト
    ディープインパクト 2007年9月16日 社台スタリオンステーション

    ディープインパクト
    トウカイテイオー(奥)とディープインパクト(手前) 2007年9月16日 社台スタリオンステーション

    クロフネ
    クロフネ(奥)とディープインパクト(手前) 2007年9月16日 社台スタリオンステーション