グラスワンダー

性別 毛色 栗毛
生年月日 1995年2月18日 所属 美浦・尾形充弘厩舎
シルヴァーホーク アメリフローラ (母父:ダンチヒ)
戦績 15戦9勝
(9・1・0・5)
生産者 アメリカ フィリップスレーシング
馬主 半沢有限会社 騎手 的場均、蛯名正義
おもな
勝ち鞍
朝日杯3歳S(1997),有馬記念(1998,1999),宝塚記念(1999),
京成杯3歳S(1997),京王杯SC(1999),毎日王冠(1999)

 グラスワンダー 夢色の蹄跡 [DVD]

    外国産馬が日本競馬界を席巻し始めたのは、1990年代に入ってからだと思う。バブル経済は崩壊したものの、日本の資産家は増え、馬主の中には豊富な資産をもとに海外の良血馬を積極的に買ってくる例が増えたことが、その要因ともいわれている。当時はまだ内国産馬との能力差が大きく、十分投資に見合うリターンが得られるという判断も働いたのだろう。

    3歳(1997年)

    そんな中、1997年にデビューしたのが、アメリカ産馬グラスワンダーだった。
    父は、当時すでにナリタブライアンマヤノトップガンで旋風を巻き起こしていたブライアンズタイムと同じく、ロベルト直子のシルヴァーホーク。母は多くの名マイラーを生んでいたダンチヒの仔という良血で、デビュー戦は1.5倍の1番人気の期待に応えて快勝。その後もOPアイビーS、G2京成杯3歳S(現 京王杯2歳S)と、ムチも入れずに5馬身差、6馬身差の楽勝。勇躍G1朝日杯3歳S(現 朝日杯FS)に向かう。

    朝日杯3歳Sには、のちに海外G1を2勝するアグネスワールドや、スプリンターズSを制するマイネルラヴなども出ていたが、それらの有力馬を抑えて1.3倍の圧倒的1番人気に支持された。
    唯一心配されたスタートを無難に決めると、道中は中団外を追走。4コーナー手前から大外を上がってくると、直線は先に抜け出したマイネルラヴを追う。初めてムチを入れられるとぐんと伸びてマイネルラヴを一気に交わし、終わってみれば2 1/2馬身差の圧勝だった。

    その強さは衝撃的で、同世代ではすでに敵なしの様相。最優秀3歳牡馬に選ばれたのはもちろん、3歳馬(現2歳馬)として年度代表馬の投票でも票が入るという、前代未聞の評価を受けた。

    4歳(1998年)

    当然4歳(現3歳)となっての活躍が大きく期待されたが、NHKマイルCに向けた調教を行っていた3月に骨折が判明。軽度ではあったが、春シーズンは休養することになった。

    実はこのころ、グラスワンダーの鞍上が問題になっていた。
    デビューから手綱をとるのは、いぶし銀ともいわれた関東のベテラン的場均騎手。しかし的場騎手には、無敗の3連勝で共同通信杯(降雪でダート変更)を勝った、同い年の外国産馬エルコンドルパサーというお手馬もいた。この2頭が順調に行けばNHKマイルCで激突することになり、的場騎手はどちらかを選ばなければならなくなる。
    的場騎手はグラスワンダーを選ぶ意向だったようだが、結局グラスワンダーの骨折によりエルコンドルパサーと的場騎手のコンビは継続し、無傷の5連勝でエルコンドルパサーはNHKマイルCを制する。
    しかしその後、的場騎手はやはりグラスワンダーを選び、エルコンドルパサーは新たに蛯名騎手とコンビを組むことになった。

    休養明けのグラスワンダーの復帰初戦は、毎日王冠となった。このレースは今では伝説のレースともいわれるが、宝塚記念を逃げ勝って本格化した快速馬サイレンススズカに、無敗の4歳(現3歳)馬2頭グラスワンダー、エルコンドルパサーが挑戦するという構図になった。
    ここでグラスワンダーは骨折休み明けとはいえ、前年の圧倒的な強さと無敗の東京競馬場でのレース、的場騎手がこちらを選んだなども評価されて、サイレンススズカに次ぐ3.7倍の2番人気に支持される。

    そして中団追走から早めに進出し、4コーナーでは逃げて圧勝するサイレンススズカを捕まえに行くという積極的なレースを見せるものの、直線ではズルズルと後退。2着に好走したエルコンドルパサーにも大きく水をあけられる1.5秒差5着と、初めての敗戦を経験する。
    続いてジャパンCを目指し、その前哨戦として出走したアルゼンチン共和国杯では、2500mという初めての距離にもかかわらず3.0倍の1番人気。先行して直線はいったん2馬身ほど抜け出すも、最後は差してきた各馬に交わされて0.6秒差の6着。結果として初めて掲示板も外すことになったが、そのレースぶりは復活を予感させるものでもあった。

    しかし着順的に大きく負けたという事実は大きく、ジャパンCは回避して有馬記念に出走するが、そこで生涯で唯一4番人気という低評価に甘んじることになる。私も、1800mまでしか実績がなく前走も最後につかまっていることから、距離が延びることへの不安を感じ、また3歳(現2歳)時の強いイメージとの落差から早熟だった可能性もあるのではとも思い、連下の1頭という評価だった。

    調教で何度もムチを入れて闘志の復活を祈った的場騎手の願いが通じたのか、同期の菊花賞馬セイウンスカイが離して逃げる展開の中、グラスワンダーは内の中団を折り合っていい手ごたえで進む。3コーナーから進出すると、4コーナーではセイウンスカイを2馬身差で射程に捉えて大外を回る。
    直線は前年の朝日杯をほうふつとさせる末脚で一気にセイウンスカイを交わすと、追いすがるメジロブライトをなんとか振り切って、1/2馬身差で復活の勝利をあげた。その単勝倍率は14.5倍と、やはり生涯唯一の2桁だった。

    5歳(1999年)

    翌1999年、5歳(現4歳)となったグラスワンダーだったが、筋肉痛やけがで予定していたレースを次々に回避。順調さを欠きながらも、58kgを背負った京王杯SCを1/2馬身差で勝って強いところを見せる。
    そして安田記念では1.3倍の圧倒的な1番人気に支持され、直線はいったん余裕たっぷりに抜け出すも、最後は京王杯SCで下したエアジハードにじりじりと迫られ、ハナ差2着に敗れてしまう。

    この時は夏バテの傾向もあったということで、陣営は宝塚記念出走に慎重だったが、その後体調が回復し、グランプリ連覇を狙って出走することとなった。ここで注目されたのが、同期のダービー馬であるスペシャルウィークとの初対戦だった。
    この年、スペシャルウィークは天皇賞(春)を含む3連勝中。マイル以下を使ってきたグラスワンダーに対して、距離面での強みもあり、また4着以下が1回もないという安定感や順調さも評価されて、スペシャルウィークが1.5倍の1番人気。グラスワンダーは2.8倍の2番人気とやや水をあけられたが、3番人気のオースミブライトは15.9倍と大きく離れており、事実上のマッチレースの様相となった。

    レースではスローの展開の中、スペシャルウィークは先団後ろの外につけ、それを1馬身半差でグラスワンダーがぴったりとマークして進む。グラスワンダーを気にしたスペシャルウィークの武豊騎手は、早めに仕掛けると3コーナー過ぎに早くも先頭に立つ。負けじと追いすがるグラスワンダーは4コーナーを1馬身差の2番手で回ると、直線は2頭で並んで後続を4馬身以上突き放す。一騎打ちになるかと思いきや、グラスワンダーがあっさりとスペシャルウィークを交わすとぐんぐんと伸びて独走状態。結局3馬身差をつけてグラスワンダーの圧勝となり、グランプリ連覇を達成した。3着はさらに7馬身離れ、2頭の強さだけがクローズアップされる結果となった。

    秋は前年5着に負けた毎日王冠から発進する。59kgを背負いながらも、勝って当然と思われたのか1.2倍の圧倒的な人気に支持される。中団外を追走し、直線は余裕をもって追い出すも、斤量のせいかなかなか前との差が詰まらない。なんとかゴール前で逃げるアンブラスモアを交わすも、外から差してきたメイショウオウドウが並んだところがゴール。写真判定でハナ差の辛勝となった。
    東京コースとの相性への心配と筋肉痛もあり、前年回避したジャパンCを再び回避。グランプリ3連覇を目指して有馬記念に矛先を変えることになった。

    しかしグラスワンダーの調子はあまりあがらず、陣営は不安の中でレースを迎えることになる。当日は2.8倍の1番人気に支持されるも、天皇賞(秋)、ジャパンCと連勝中で、ここが引退レースとなるスペシャルウィークが、3.0倍と差のない2番人気。前年2着のメジロブライトが6.5倍で、あとはすべて10倍以上と、ここでも2強対決となった。

    レースはグラスワンダー、スペシャルウィークともスタートが今一つで、後方から進める。中でもスペシャルウィークは最後方からと、意表を突く展開となった。2頭とも馬場の悪い内を避けて外目を回り、グラスワンダーは後方から4,5番手、スペシャルウィークはそこから3,4馬身離れて向こう正面に入る。
    3コーナー手前でペースが上がると両頭も反応して徐々にポジションを上げ、4コーナー手前では早くもグラスワンダーが大外から先頭に取り付き、スペシャルウィークも2馬身差で迫る。
    直線に入ってグラスワンダーが追い出すと、スペシャルウィークはいったん離されるも、武豊騎手のムチに応えて差を詰める。グラスワンダーも懸命に伸びるが、内のツルマルツヨシが粘りを見せて、残り100mを切っても2番手。さらに内からテイエムオペラオー、外からスペシャルウィークがいい手ごたえで迫ってきて、ゴール前でツルマルツヨシは交わしたものの、3頭が並ぶ状態。いったんは外のスペシャルウィークが前に出たように見えたが、最後はグラスワンダーとスペシャルウィークが並んでゴールに入った。
    スペシャルウィークの武豊騎手が勝ったと思ってウイニングランをするような状況だったが、写真判定の結果はグラスワンダーが1着。晴れて有馬記念連覇、グランプリ3連覇を達成した。

    6歳(2000年)

    2000年に6歳(現5歳)になったグラスワンダーは現役を続行したが、馬が変わったように勝てなくなり、日経賞6着、京王杯SC9着と惨敗を繰り返す。
    蛯名騎手に乗り替わり、グランプリ4連覇を目指して出走した宝塚記念では、馬体も絞れてよくなっているように見え、2番人気に支持される。しかしレースでは後方追走から3コーナー過ぎには勝ったテイエムオペラオーに並びかけるも、直線は伸びず0.9秒差の6着に敗れた。しかし向こう正面で蛯名騎手が下馬。診察の結果骨折が判明して、引退することになった。

    種牡馬、その後

    種牡馬となって、社台スタリオンステーションやブリーダーズスタリオンステーション、ビッグレッドファームで繋養され、スクリーンヒーロー(2008年JC)、セイウンワンダー(2008年朝日杯FS)、アーネストリー(2011年宝塚記念)、マルカラスカル(2006年中山大障害、2008年中山GJ)の4頭のG1馬を含む13頭のJRA重賞勝ち馬を送り出した。
    その平地での勝ち星は、1200mのオーシャンS(2014年スマートオリオン)から3600mのステイヤーズS(2010年コスモヘレノス)までバラエティーに富んでおり、1400mから2500mまでこなした自身の特性を引き継いでいると思う。

    2007年にブリーダーズSSで、2019年にビッグレッドファームで会っているが、赤っぽい栗毛で、ひたすら草をはむその姿は、現役時代そのままに元気いっぱいな印象だった。
    しかし2020年4月に種牡馬引退が発表された。最後に会ったときは24歳だったが、まだまだ若々しく感じられた。ハイセイコーが暮らした明和牧場で余生を過ごすとのことだが、元気に長生きしてほしいと思う。

    グラスワンダー
    グラスワンダー 2007年9月18日 ブリーダーズスタリオンステーション

    グラスワンダー
    グラスワンダー 2007年9月18日 ブリーダーズスタリオンステーション

    グラスワンダー
    グラスワンダー 2019年8月22日 ビッグレッドファーム

    グラスワンダー
    グラスワンダー 2019年8月22日 ビッグレッドファーム