優駿

著者 宮本輝    出版社 新潮文庫    

 優駿 (新潮文庫)(PR)

    競馬を題材とした日本の小説としては、もっとも有名なものの1つかもしれない。「優駿」は中央競馬ピーアール・センターが発行する月刊誌と同じタイトルだが、その言葉の持つ凛々しさと清冽さに惹かれて、あえて小説の題名として使用したと作者はあとがきに書いている。
    そのとおりに読後感は凛々しさと清々しさを感じさせるが、その反面人間のさまざまな屈折した感情や暗い部分なども描かれていて、そのコントラストは、北海道の牧場の大自然と、大阪の都会の雑然とした騒々しい雰囲気との対比とも重なる部分がある。

    複数の登場人物の視点から物語が進んでいくので、誰が主人公とは言えないが、まずは静内の小さな生産牧場トカイファームの跡取り息子である渡海博正。父の千造が作った牝馬ハナカゲはオークスで2着に入り、エリザベス女王杯では1番人気になるも7着。その後は活躍できず牧場に帰ってくるが、そのハナカゲに千造は借金をして人気種牡馬のウラジミール(おそらくモデルはノーザンテースト)をつけて、青毛の牡馬が生まれる。博正はその馬をクロと呼んで、将来の夢を投影していく。
    そのクロの出産にあわせてトカイファームを訪れていた、馬主である大阪にある和具工業の社長和具平八郎と、その娘で博正と同い年の大学生久美子。その後、和具平八郎はクロを買って馬主となり、娘の久美子にその馬を譲る。さらに平八郎の重病の隠し子の存在が、物語に影を落とす。
    平八郎の秘書の多田時夫。馬主としての平八郎にも関わることになる多田は、平八郎に頼まれてクロをオラシオン(スペイン語で祈り)と命名する。
    そしてオラシオンの主戦騎手になる奈良五郎。4連勝で皐月賞の権利をつかんだ馬を本番で同期のライバルに乗り替わられ、その悔しさから掛かった時の対処方法で嘘を教えた結果、皐月賞のレース中の事故で馬も騎手も死なせてしまう。それ以来、自分の命も顧みないような、思い切った乗り方をするようになったと言われるようになる。

    それらの登場人物がオラシオンを中心に、悩み必死にもがきながらも自分の人生を生きていく。そしてオラシオンは期待されたデビュー戦で5着に敗れるが、折り返しの新馬戦を楽勝すると、阪神3歳S,シンザン記念と重賞を連勝して、関西の一番星としてクラシックに向かっていく。

    登場人物の名前は当然変えているが、明らかに社台グループの吉田家の面々と思われる人々が出てきたり、調教師と馬主の関係や、騎手のレース中の駆け引きなどリアルで迫力のある描写も多く、かなり時間をかけて丁寧に取材をして書いていったのだろうということが伺われる。
    出版されたのが1986年なので、今とは競馬サークルの状況や雰囲気はかなり違うのだろうが、昭和の競馬はこんな感じだったのかと知ることができるという意味でも興味深い。
    第21回吉川英治文学賞、1987年JRA賞馬事文化賞受賞