旅路の果て

著者 寺山修司     出版社 河出書房新社    

 旅路の果て (河出文庫)

    寺山修司の競馬エッセイは、以前は角川文庫から2冊出ていたのだが、今は残念ながら新刊で買うことはできない。そんな中、2023年10月に発行されたのが本書。
    大きく2部構成になっていて、前半の「旅路の果て」はおもに競走馬のその後と、それを追いかける人たちの物語で、後半の「競馬無宿人別帖」は競馬を愛する人たちのさまざまなエピソードがつづられる。
    前半のタイトルの「旅路の果て」は、老優ばかりが集まった老人ホームを描く同名の映画からとったようだが、有名無名かかわらず多くの馬と人たちの話が紹介される。

    すべての冒頭となるのがテンポイントを悼む詩「さらばテンポイント」と、「男の敵」というテンポイントとライバルのトウショウボーイの戦いを描くエッセイ。個人的にはドラマチックな「さらばハイセイコー」の詩の方が好きだが、こちらも印象深い。

    最近は引退馬の支援を行う団体もあり、おもに動物愛護の観点から、競馬を楽しむことへの贖罪も込めてか、その活動に寄付をする人も多くなっている。しかし寺山の「旅路の果て」における視点は、あくまでもそれぞれの馬に自分自身の生き方を重ねる人々への思いが中心になっている。
    スイノオーザの引退後の境遇を見かねて、自ら引き取ろうと努力した女性からの手紙を読んで、このように書いている。
    「それは案外、サラブレッドに托して自らを語っているのかもしれない。労働力を、平気で『使い捨て』てゆく現代の社会に、とりのこされてゆく老人たちが、心の片隅に求めているものは、『かつて走ったスイノオーザを大切にいたわってほしい』ということを通して、『かつて生きてきた私たちの老後をも、忘れないでほしい』という訴えを、切々とにじませているからである」(「スイノオーザ」より)

    今ではタブーのようになっている、食肉とされてしまうサラブレッドについても書かれているし、当時から好きな馬たちの引退後の行く末を熱心に追いかける人が多いことにも驚かされる。そしてその多くの人たちは、寺山に言わせれば自らのアイデンティティを馬と自分の関係の中に見出そうとしているのかもしれない。

    「競馬無宿人別帖」では、独特なこだわりを持って馬券を買う人や、馬や予想に一家言持つ人、競馬にまつわる不思議な運命に翻弄される人など、さまざまな人々が登場する。そのいずれも、競馬に人生が反映されていると感じさせるが、それを見つめる寺山の視線は暖かい。「人生は競馬の比喩」と語る寺山の思いがよく表れていると思う。