最強の競馬論

著者 森秀行     出版社 講談社 現代新書   

 最強の競馬論 (講談社現代新書)

    調教師の書いた本もいくつか出ているが、これは毎年のようにトップトレーナーを争う栗東の森秀行調教師が、2003年に著した本。一見調教師の仕事と、競馬界の現状紹介のようだが、森師なりの強いメッセージが込められている。
    それは、競馬界にも競争原理を持ち込んで活性化し続けない限り、将来は決して明るくないということ。地方競馬はもとより、中央競馬の売上も落ちてきており、他の娯楽に客を奪われているだけでなく、自由化により、海外との馬や人の行き来が活発になることで、さらに日本競馬の地盤沈下が進みかねない。

    この本で初めて知ったのだが、実は調教師は馬主からの預託料だけでは暮らしていけないという。預託料は人件費やえさ代などの純粋な経費分であり、そこからは儲けは出ない。しかも調教師の移動代や厩舎の修理費などの経費はすべて自分持ちなので、賞金が入らないことには、国内外の競馬場に行ったり、北海道に馬を見にいくことすらできなくなる。(ちなみに森師は1週間のうち5日間はトレセンにいない)
    それらの費用をまかなうためにも、最低でも年間2億円の賞金(そのうち調教師の取り分は10%の2千万円)が必要だという。

    競馬週刊誌などを見ると、調教師のランキングがのっていて、年間の勝ち数が一桁(中には0勝も)などという厩舎もかなりあるが、それらの調教師はどうやって暮らしているのだろう。
    森師いわく、そのような調教師や年間1勝もできない騎手が生きていける状況が問題だという。公正競馬を確保することは大事だが、それを大義名分にして、実力もやる気もない人を保護する制度こそ、こわしていく必要があるのである。

    森師といえば、積極的に海外に遠征し、初めて国内調教馬でヨーロッパのG1を勝ったり(1998年シーキングザパールが仏G1モーリス・ド・ギース賞優勝)、転厩馬でG1を勝ったり(2001年ノボトゥルーがフェブラリーS優勝)、何かと話題が絶えない調教師でもある。
    藤沢和師も著書で書いていたが、海外遠征は勝っても赤字だし、馬主や調教師の中には、嫌がる人も少なくないという。しかし勝てば種牡馬や繁殖牝馬としての値打ちが上がり、馬主も儲かるし、回りまわって調教師にも利益があるのだから、積極的に行くべきだという。
    また転厩も、馬を奪ったとかいろいろいわれるらしいが、そもそも馬主の意向なのであり、受け入れる調教師としてもビジネスチャンスなので、ムラ社会のような古い慣習にとらわれず、改革をすべきと主張する。

    この本では、馬の見方や、どんな馬が強いかということも紹介しているが、正直いって走らせて見ないと、走るかどうかはわからないという。これは藤沢師も書いているが、調教師は馬を見る専門家ではなく、あくまで馬を鍛える専門家なので、成績のよい調教師だからといって、走る馬を見分けることは無理らしい。
    では何が走りそうな馬を選ぶ基準になるかというと、それはやはり値段だという。ビジネスとして成り立たせるためには、経験上5000万円以上で購入した馬であることが条件になる。テイエムオペラオーのように、安い価格で取引された馬がG1を勝つこともあるが、もちろんこれは例外で、確率を考えたら高い馬でないとまず儲からない。

    馬主にもそれははっきり伝えるということで、走りそうもない馬は、最初から預からないか、早めに地方などその馬の力にあった環境に移してあげる。そのように情に流されず努力することで、限られた馬房数で、最大限の勝利を目指すという調教師の目的が初めて実現できるのである。

    森師も藤沢師も、内に秘める情熱は変わらないと思うが、それを積極的に外に出すかどうかという意味で、かなり個性が違うと思う。森師は自己主張が強いタイプで、最良の経営者であるためには、常に顧客(馬主や競馬ファン)が喜ぶようにするとともに、最大限の利益を求めるべきだと主張する。
    そのための考え方や行動を惜しみなく公開しており、他の調教師が同じ事をしたらと心配になるほどだが、やはり負けない自信があるのだろう。その意味では、経営に役立つビジネス書ともいえる。
    厩舎を経営していくというのは、中小企業を経営するのとほとんど変わらないということが、この本を読むとよくわかる。