さらば愛しき競馬

著者 角居勝彦     出版社 小学館      

 さらば愛しき競馬 (小学館新書)

    JRAの調教師としてG1 26勝を含む793勝をあげ、2021年2月に家業の天理教の仕事を継ぐために引退した角居勝彦氏。その角居氏が40年間のホースマン生活にピリオドを打つに際して、見たこと感じたこと、勝つために努力したことをまとめた著作。
    “競馬に使う側の考え方や方法論を知ることで、大いに馬券検討の参考になるはず”と書いているように、厩舎サイドのコメントに込められた真意や、持ちタイムに対する見方、レースの距離を変えることの意味、優れた騎手や調教助手の条件など、予想するうえで参考になる情報も、包み隠さず書かれている。

    騎手についての記述で、特に印象に残るのはいい騎手の条件。それは切り替えが早いこと。多いと1日に10レース以上も乗ることがある騎手は、1つの失敗や負けをいつまでも引きずっているわけにはいかない。たとえ自分の失敗で負けたとしても、すぐに気持ちを切り替えて次のレースに臨む必要がある。だから一流騎手は、しばらく勝てないとしても、決して落ち込むことはないはずだという。
    そして気になる乗り替わりについてだが、騎手はレースに乗ることにより、何をしたらスイッチが入り、何をしたら脚が鈍るのかがわかる。どれだけ脚が使えるかを計ることで、逆算してどこで追い出せば勝てるのかがわかる。それがテン乗りでは実感できず、常に乗っている騎手の方が少しだけ持っている情報が多い。それが結果としてダービーではテン乗りの馬は勝てていないということにつながっているのではないかという
    ただし逆に乗り替わりで新しい刺激を馬に与えることにより、馬の走りが変わることもある。馬券的には、1回結果を出したのに次走で負けた騎手が、しばらくして再度乗る場合は注目かもしれないそうだ。

    またいい騎手の条件として、リズム感に優れている(感性が豊か)ということもあげている。馬にはそれぞれ走りのリズム(重心移動)があり、それにあわせてくれる騎手が、馬にとっても走りやすいらしい。瞬時にそのリズムを感じ取って、それにあわせて騎乗することで、疲れてきた馬でも走らせることができてしまう。特にヨーロッパの騎手がうまいという。
    そしてやはりリーディング上位の騎手は、そのあたりが優れているため、角居厩舎では新馬戦に減量騎手は使わなかった。

    また情報の読み方として、厩舎コメントや斤量、レースでの着差、持ちタイムなどの解釈についても述べている。調教やレース後の調教師や調教助手のコメントは、比較的紋切り型のものも多く、解釈に悩まされることが多いが、要するに陣営としては馬に対して悪く言いたくないということが背景にある。それは常に触れ合っている馬への愛情や、オーナーへの気遣いということもあるのだろう。いくつか解釈についてのヒントも紹介しているが、その中にも確実に本音は入っているので、これらをもとに推理してみると、役に立つかもしれない。

    読んでいて一番印象に残ったのは、角居氏の馬づくりの基本的な考え方だった。基本的に3回レースを使ったら休ませる。調教では、どんな展開でも耐えられるよう我慢させることを重視し、スタートをうまく切って3,4番手で進めるような競馬を理想とする。
    すべてはG1レースを勝ちきるような馬を育てることが目標だった。
    だからキセキは逃げ馬ではないという。掛かり癖が出てきたのは事実だったが、あくまで馬のリズムを重視した結果が、2018年の天皇賞(秋)やアーモンドアイの2着になったJCのハナを切るという走りだった。だから、その後も先行したり追い込んだりと、レースによって異なる走り方をしている。
    とはいえ、角居氏は基本的にレースにおいて騎手に指示をすることはないという。あくまで依頼したからには騎手を信頼し、騎手が感じる馬とのリズムに任せるということだろう。

    ほかにもさまざまな印象的な主張や考え方を、具体的なエピソードも交えて紹介しており、インタビューだけでは知ることができなかった角居氏の思いを、くわしく知ることができるのは興味深い。
    最後に厩舎に所属した重賞勝ち馬を1頭ずつ紹介しており、その名前を見てあらためて角居厩舎の偉大さを感じる。今後は競馬に直接かかわることはないと思うが、引退馬のセカンドキャリアを支える活動は続けていくとのことで、活躍を影ながら応援したい。