サイマー!

著者 浅田次郎     出版社 集英社文庫      

 サイマー! (集英社文庫)

    「鉄道員(ぽっぽや)」などでおなじみの、浅田次郎氏の競馬エッセー。ちなみにサイマー(賽馬)とは、中国語で競馬を意味する。
    エッセーというのは、ノンフィクションや小説とは違って、基本的に著者が主人公である。もちろんこの本も例外ではなく、作家浅田次郎がいかに競馬を愛し、競馬なしでは生きていけないかということが、端々から伝わってくる。人間誰でも本当に好きなものに関しては素になるものだが、浅田氏も例外ではなく、中京競馬場で大きな地震にあって、柱にしがみつき悲鳴を上げた話とか、ロンシャンで凱旋門賞の馬券を買おうとしたら発券機が壊れて買うことができず、しかも結果が予想通りで高配当だったため悪態をつく話など、飾りのない本音が語られている。

    内容は、東京,中山から日本各地の競馬場をめぐり、さらにはロンシャン、シャンティ(フランス)、シャティン(香港)、エプソム(イギリス)、チャーチルダウンズ(アメリカ)、ナド・アルシバ(ドバイ)、アスコット(イギリス)にも足をのばし、行く先々で起こったこと、考えたことを紹介している。その中に、浅田氏の博打にかかわる歴史や想いが散りばめられており、競馬のガイドブックとしても、また30年間毎週博打を打ってきたその心構えを知る本としても、興味深い。

    作家をはじめとする文化人(と呼ばれる人々)には、意外と競馬好きが多い。それは競馬を楽しむためには、想像力が必要だからではないかと、個人的には思っている。予想をするときに想像力が必要であるのはもちろん、物を言わない馬が主役の競馬では、いろいろなことを馬に仮託することができる。たとえば関係者の冠婚葬祭があると馬が激走するという話があるが、そのような勝手な思いを馬は受け入れてくれるし、本当にそうなのではと思わせるような結果に終わることもある。いろいろな物語を自分の中で作れると、競馬はさらに楽しいものになると思うのである。

    この本には、浅田氏の文章に加えて、写真家の久保吉輝氏の美しい写真がふんだんに使われているのも大きな魅力のひとつである。お二人は同年代の生まれで、カジノが趣味という共通点もあり、よくいっしょに海外にも出かけられているらしい。浅田氏が競馬を楽しむスナップショットが、各地の競馬場の雰囲気を伝えている。
    終わりは、サイレンススズカの最後の雄姿を写した有名な写真と、それについての浅田氏の思いを書いた文章でしめられている。人生とおなじく、つらいことや悲しいこともあるけれども、それらも含めて楽しみたいという気になる、好著であると思う。