ザ・ロイヤルファミリー

著者 早見和真    出版社 新潮文庫    

 ザ・ロイヤルファミリー (新潮文庫)

    競馬は小説の題材として悪くないと思う。騎手や馬主、調教師、厩務員、メディアの記者などさまざまな関係者がそれぞれの立場でかかわっており、馬の成長過程やレースシーンなど、印象的な場面にも事欠かない。
    しかし意外と競馬そのものを中心とした小説は、特に日本ではあまり多くない印象だ。

    「ザ・ロイヤルファミリー」は、馬主を支えるマネージャーを主人公とすることで、ちょっと変わった視点から競馬を捉えている。物語を貫くテーマは、文中にもたびたび現れるが「継承」。
    それはもちろん馬の血統という継承もあるが、親子を中心とした家族、仕事の上司と部下、先輩と後輩、友人やライバルなど、さまざまな人間関係の中で受け継がれていくことも含まれている。

    主人公は父の影響を受けて税理士資格をとった栗栖栄治。東京の税理士法人で働いているが、いつかは故郷に帰って税理士の父を支えて働くことを考えていた。しかしその父が急死したことで、自らの存在意義を見失い、将来に迷う日々を送る。
    そんな時に、友人の叔父で人材派遣会社の社長である山王耕造に気に入られ、その会社に転職するとともに、秘書として馬主である山王のマネージャーも務めることになる。最初に言われた一言が、「絶対に俺を裏切るな」。
    果たせなかった父を支える役割を、山王との関係に投影していたのだろう。栗栖は山王のために身を粉にして休みなく働く。

    大学時代の恋人で実家が生産牧場を営む野崎加奈子に頼まれて、栗栖は山王に1頭の馬を勧める。山王はその馬を購入しロイヤルホープと名付ける。すばらしい活躍を見せ始めたロイヤルホープに、山王は夢だった有馬記念制覇を託す。

    前半は山王耕造とロイヤルホープの物語が、そして後半はそれを引き継ぐ息子たち(山王耕造の隠し子 中条耕一とロイヤルホープ産駒のロイヤルファミリー)の物語が、栗栖の目線からつづられていく。

    ネタバレになるが、主役の馬たちは、なかなか狙ったレースを勝てない。解説の今野敏氏も書いているが、著者の早見和真氏は高校球児だったそうで、勝つことの難しさを身をもって知っているからだろうという。

    登場人物それぞれの個性が魅力的で、レースシーンの描写は迫力があり、つい引き込まれて長編ながら一気に読んでしまう。
    馬主といえばお金も地位・名誉も持った羨まれる存在だが、見栄や欲望ゆえの苦労も大きく、道楽の範疇に収まるものではないこともよくわかり興味深い。著者は執筆にあたり多くの関係者に取材したようだが、生まれ変わったら馬主などやりたくないというのは、案外多くの馬主の本音なのかもしれない。
    第33回山本周五郎賞、2019年JRA賞馬事文化賞受賞