著者 | 馳星周 | 出版社 | 集英社文庫 |
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タイトルの黄金旅程とは、競馬ファンならおなじみだろうが、ステイゴールドが最後に香港ヴァーズに出走した時に、中国語名としてつけられた名前。しかしこの本は、ステイゴールドの物語ではない。
著者は2020年に「少年と犬」で直木賞を受賞した馳星周氏。馳氏は馬産地で有名な浦河の出身でありながら、まったく競馬には興味がなかったそうだが、2017年ごろから競馬に興味を持つようになり、最初に好きになったのがラッキーライラック。そこからさかのぼってステイゴールドとその産駒たち、いわゆるステイゴールド一族を応援するようになったという。
そしてそのステイゴールドにインスパイアされて執筆されたのが本書。
主人公は浦河で装蹄師を営む平野敬。幼馴染の和泉亮介と騎手を目指して競馬学校に入学するが、体が大きくなりすぎて断念。それでも競馬にかかわる仕事がしたくて装蹄師の道を選び、門別競馬場の装蹄師渡辺光徳に弟子入りして腕を磨いていく。しかし故障した馬に騎乗していた騎手の心無い言葉に激高して暴力沙汰を起こして競馬場にいられなくなり、浦河に戻って養老牧場を細々と経営しながら、装蹄の仕事を行っていた。
そして和泉亮介は騎手としてデビューし、スタージョッキーとなってG1勝ちも収めるが、減量苦から覚せい剤に手を出し、逮捕されて競馬界を追われる。出所して浦河に戻ってくるが、亡き両親が経営していた牧場を譲り受けて養老牧場にしていたのが平野だった。
その牧場の向かいの小さな栗木牧場で生を受けたのが、バスク語でステイゴールドを意味するエゴンウレアと名付けられた牡馬だった。能力はあるのだが気性が荒く、人間の思うとおりになることを徹底的に嫌ったので、G1で何度も2着になりながらも重賞は勝てずシルバーコレクターと呼ばれる。まさに現実のステイゴールドのような存在だったが、その優れた才能や個性的なふるまいが、多くの人をひきつけることになる。
平野や和泉もその一人で、エゴンウレアに惹かれていき、なんとか重賞、そしてG1を勝たせようとさまざまな努力を重ねていく。
競馬を題材にしているが、馳氏の小説らしくサスペンス的な要素もある。しかし根底にあるのは、栗木牧場の娘恵海の「馬は好きだけど競馬は嫌い」という言葉に象徴される、多くの馬の犠牲の上に成り立っている競馬という産業の矛盾に対する複雑な想いだ。
人間の娯楽である優勝劣敗の競馬においては、多くの馬たちはその生を全うすることもできない。その罪悪感と折り合いをつけるために、平野は勝てるチャンスのある馬には全力で尽くすし、現役を終えた馬たちは、1頭でも多く幸せに暮らせるよう養老牧場を運営する。
そんな想いは、登場する競馬関係者の多くに、多かれ少なかれ共通している。
おそらく馳氏が競馬を見て、競馬関係者に取材する中で感じて、物語の根底に流れるテーマとして設定したのだろう。
動物への愛情という点では、直木賞を受賞した「少年と犬」と共通する部分が多いのかもしれない。
小説としてはもちろん、競馬というものを改めて考えるという意味でも、楽しめるし読む価値がある作品だと思う。