これからの競馬の話をしよう

著者 藤沢和雄     出版社 小学館      

 これからの競馬の話をしよう (小学館新書)

    2022年3月に定年により勇退した、元JRAリーディングトレーナー藤沢和雄氏の著作。長年の調教師人生の中で考えてきたことや、経験や知識にもとづいた提言などを、ざっくばらんに語っている。
    藤沢氏が本書に込めた願いは、これからも多くの人に長く競馬を楽しんでほしいということ。それはファンだけでなく、競馬に携わる人にも競馬を楽しんでほしいし、馬を大切な友人だと思ってほしいし、競馬で走る馬にも楽しんでほしいと言っている。それもあって、引退後もJRAアドバイザーとして、さまざまな形で競馬に携わっているのだろう。

    その目的のためにさまざまな提言もしている。たとえばメディアには予想の提供よりも、情報の提供をしてほしいという。たしかに一般のファンはトレセンに入ることはできないが、記者は厩舎や騎手の生の声を聴くことができるし、懇意になれば本音や貴重なエピソードなども聞けるだろう。関係者への忖度なくそれらを知らせれば、予想に役立てるだけでなく、ファンの拡大にも役立つ。もちろん厩舎側も、積極的にそれに協力すべきだという。
    馬券を買ってくれるファンが大事なお客さんである以上、進んでサービスを行うことは当たり前なのだが、まだまだ足りないということだと思う。

    また血統を勉強することも勧めている。近年の日本の馬が強くなってきたのは、日本のスピード競馬の中で、そこに合う種牡馬や繁殖牝馬を海外から連れてきて、工夫して作り上げてきた日本の血統が確立してきた影響が大きい。その中で、スピードを追い求めるならヨーロッパではなくアメリカの良血馬の導入が大事だという。アメリカのダートはしまっていて、ヨーロッパの重い芝よりもはるかにスピードが優先される。そのため今の日本で中心となっているサンデーサイレンスやキングマンボなどの血統は、すべてアメリカからきたもの。実は凱旋門賞の勝ち馬でさえアメリカ出身の馬が多く、それは世界的な潮流にもなっている。

    個人的におもしろかったのは、「サラブレッドの本音」という章だった。これは日ごろ馬と身近につきあい、レースの前後にその様子をつぶさに観察する調教師だからこそ気づいたことなのだろう。
    馬のしぐさにはそれぞれ意味があって、しかも表現の仕方は馬によって違うので、パドックで見るときには気になる馬の所作をメモしておくと役に立つという。その馬について知ろうとすることは、例えば前走との違いの意味について知ることでもあり、ある意味記憶力の勝負でもある。
    またパドックでは厩舎力がわかるそうで、リズムよくスムーズに歩いている馬は、日ごろからきちんとしつけられている証拠で、リーディング上位の厩舎の馬は、きちんと歩いている。

    タイトル通り気軽に話を聞いているような内容で、あっという間に読めてしまう。しかも初心者からベテランまで、競馬を見て楽しむうえで役立つ内容も多い。勝つために、いい馬を作るために、どうすればいいかを常に真剣に考えてきたことが、バックボーンにあるのだろう。さすがリーディングトレーナー上位に常にいただけのことはあると、あらためて感じさせられた。