サラブレッドに「心」はあるか

著者 楠瀬 良     出版社 中公新書ラクレ      

 サラブレッドに「心」はあるか (中公新書ラクレ 619)

    馬という動物について、おもに感覚や心理、精神状態や知能、記憶などの内面から解説した本。著者は長年JRAの競走馬総合研究所で馬の心理学や行動学について研究してきたとのことで、さまざまな実験結果もまじえて、馬の生態について解説している。
    内容は競馬ファンからの疑問に対して一問一答式に答えていく形式をとっており、とても読みやすい。ただしあとがきで著者が白状しているが、質問はすべてご自分で作られたとのこと。

    内容はテーマごとの4章と、最後に武豊騎手との対談という形でまとめられているが、競馬ファンの関心が高いのは第2章「勝つ馬と負ける馬を分けるもの 馬券を買う前にどこを見るべきか」だろう。例えば「耳を見れば精神状態がわかる」「落ち着きのある馬ほど成績がいい?」「返し馬ではどこに注目すべきか」「馬はゴール板を知っているか」など、タイトルを見るだけで興味をそそられる項目が並んでいる。

    個人的にはパドックを見てから馬券を買う派なので、「落ち着きのある馬ほど成績がいい?」はとても興味深かった。チャカついている馬よりも、どっしりと落ち着いている馬の方が良く見えるし、そういう馬を馬券の中心にすえたくなることが多い。
    実際にどうかというと、6,000頭の馬を対象に競馬場で調べた結果を分析したところ、年齢、性別、競馬場にかかわらず、すべてのレースで落ち着いている馬の方が先着する傾向が認められた。ただしその相関関数は低く、統計学的にはとても弱いという。つまり馬券検討の参考にはならないが、たとえば2頭の取捨で迷ったときは、落ち着いている馬を選んだ方が、当たる確率は少し高くなるぐらいのことだろうか。

    また「馬はゴール板を知っているか」もぜひ知りたいところである。これは岡部幸雄元騎手と武豊騎手にそれぞれインタビューしたところ、正反対の答えだったという。岡部元騎手は否定派で武豊騎手は肯定派だった。
    ディープインパクトが菊花賞の1周目4コーナーで、ゴールが近いと思って行きたがったのは有名だが、競走馬は自分の役割がゴール前の直線で全力でスパートをかけることだということは知っているという。ただし自分が勝ったことまでは理解できていないだろうと武豊騎手も言う。それよりもゴール後に騎手から愛撫を受けることが馬にとっては何よりの報酬で、それが騎手との信頼関係を築き、次のレースに向かうためにも大切だという。

    そのほかにも、個人的には馬の記憶力に関する項目がおもしろかった。牝馬が引退後に生まれ故郷の牧場に帰っても、世話をした人間はおろか、自分の母親さえ覚えていないそうだが、乗馬になって何年かたった馬に競馬のファンファーレを聞かせると、明らかに心拍数が上り、中には騒ぎ出す馬もいるという。音に関する記憶は長く残るということらしい。

    他にも馬という動物を、さまざまな角度から観察しており、疑問を持ったことは実験をして確かめていて、総合的に理解するという意味ではおもしろい本だと思う。読みやすく親しみやすい語り口もポイントが高い。