競走馬の科学 速い馬とはこういう馬だ

著者 JRA競走馬総合研究所  出版社 講談社 ブルーバックス 

 競走馬の科学―速い馬とはこういう馬だ (ブルーバックス)

    サブタイトルは「速い馬とはこういう馬だ」となっているが、馬を科学的に分析するだけでなく、馬場も含めてJRA競走馬総合研究所の研究報告ともいえる内容になっている。とはいえ、一般向けにわかりやすく書いてあり、競馬を科学の面から理解するための入門書としては、最適といえると思う。

    2005年に無敗の3冠馬となったディープインパクトという格好の研究対象がいるというタイミングもあり、まずディープインパクトの速さの秘密から始まる。競走馬が速く走るためには、ストライドを伸ばすか、足の回転を早くするかのどちらかしかないが、ディープインパクトは一完歩で他の馬の平均より50cmもストライドが長いという。2完歩で1m違うのだから、同じ回転数で走れば、かなうわけがない。
    また有酸素エネルギーを作るための心肺能力も驚異的で、ディープインパクトの強さは、科学的にも証明されているのである。

    競馬ファンであれば、馬の走りにはキャンターやギャロップなどいくつか種類があり、また競走中に右左の手前を変えながら走っていることはご存知だと思う。しかし走法の違いや、なぜ手前を変えるのかということまでは、知らない人が多いだろう。
    私もこの本で初めて知ったが、競走馬は返し馬,輪乗りと本番はもちろん、スタート直後の数歩と手前を変えるときも、走法を変えている。どの順番に脚を出すかという説明はかなり混乱するが、それがわからなくても、チーターのギャロップやイヌのギャロップを織り交ぜて走るという複雑な走り方には感心する。

    馬とは、人を乗せて高速で長距離を走ることができる唯一の動物である。短い距離ならチーターの方が速いが、長い距離は走れない。これは草原で暮らし、肉食動物から逃げることで生き残ってきた進化の結果である。そのため、脚の中指だけを長くし、一本指で走るという特異な骨格を獲得してきた。
    速く走れるものだけが生き残れるという、まさに競馬を地でいく進化を経てきたのが馬の歴史だが、骨だけでなく、筋肉や肺,心臓などあらゆる部分が速く走ることに適するように進化してきている。脚の構造や心臓の性能など、より早く、長距離を走ることだけを目指して体を改良してきたのではないかと錯覚させるほどで、生命の神秘を感じざるを得ない。

    しかし競馬は馬だけが走るのではなく、人間がいろいろ手を加えて、さらに速く走れるよう長い時間をかけて工夫してきている。
    ひとつはいろいろな馬具である。最近はブリンカーだけでなく、シャドーロールやチークピーシーズなどの特殊な馬具についても、いろいろなところで解説されて、一般の競馬ファンにも広く知られるようになったが、はみやあぶみなどの基本的な馬具も、進化してきている。
    またトレーニング方法の進歩も早い。いかに馬に負担をかけずに、効果的なトレーニングを行うかというのは、研究所の大きなテーマのひとつだが、さまざまな検査を行い、統計をとることで、理想的なウォーミングアップやクーリングダウンの方法も知られるようになってきた。これは効果的なトレーニングを行うだけでなく、馬の故障を防ぐという大切な役割もある。
    そのほか、効率的な栄養の取り方やけがの防止、けがから早く復帰するための治療やリハビリの研究、また子馬から競走馬になるまでの健康管理など、研究所に与えられた課題は実に広範囲にわたることが、本書を読むとよくわかる。

    本書には馬のことだけではなく、馬場についての解説もある。
    よく比較されるアメリカと日本のダートの違いは、実は雨の量の違いによるという。水はけをよくするために、日本のダートは粒が大きい砂を上層に使い、その下に砕石を入れる重層構造になっているのに対して、アメリカは粒の小さな土のようなダートで、しかも重層にはなっていない。
    そのためアメリカのダートは雨が降ると水浸しになるが、乾いた状態では突き固めているので、とても速いスピードがでる。

    またよく話題にのぼる馬場の固さと馬の故障の関係だが、相関関係はないという。それは馬場の固さにあわせて馬が走りを変えるためで、危ないのは場所によって固さが違ったり、穴があいている馬場だという。また固いから必ずしもスピードがでるわけではなく、芝が生え揃ったクッションのきいた馬場のほうが、スピードが出る場合があるらしい。
    そのような間違った知識を正すという意味でも、時に科学の面から競馬に触れてみるのもよいのではないだろうか。