競馬と鉄道 - あの“競馬場駅”は、こうしてできた

著者 矢野吉彦     出版社 交通新聞社     

 競馬と鉄道 - あの“競馬場駅”は、こうしてできた (交通新聞社新書122)

    テレビ東京のウイニング競馬の実況でおなじみ、矢野吉彦アナウンサーによる著作。
    もともと鉄道好きだった矢野氏が、鉄道と競馬の関係に興味を持ち、全国の競馬場駅について調べ始めたのがきっかけとなり、週刊競馬ブックへの記事掲載、競馬博物館での特別展示と話は進んで、ついに著作を著すことになった。

    鉄道も近代競馬も、江戸時代の終わりから明治にかけて、外国人の紹介により日本にやってきたという意味では共通点があるのだが、その初めから両者には深い関係があったという。
    日本で初めて本格的な競馬が開催されたのは、1862(文久2)年に横浜居留地に馬場と簡単なスタンドを設けて行われたものと言われ、鉄道は1870(明治3)年に新橋-横浜間の工事が始まり、1872(明治5)年10月に開業している。

    その後競馬場が各地に開設され、明治天皇も根岸の競馬場に訪れるなど人気なったが、賭け事が御法度の日本では馬券の販売ができず、1890年ごろには衰退してしまう。しかし1904年の日露戦争をきっかけに陸軍中心に馬産改良のために馬券解禁の機運が高まり、1906年以降各地で馬券販売をともなう競馬が開催されて一大ブームとなる。
    また鉄道も全国各地で続々と開業し、同じくブームとなる。とはいえ、当時の日本は職住隣接で鉄道への需要はそれほどないため、鉄道会社としては多くの人を運ぶという意味でイベントに目をつける。まだプロ野球などの大規模な興行が存在しないなか、選ばれたのが競馬だった。

    そして本書のテーマでもある、初めての競馬場駅ができ始めたのもこのころ。1898年に今の函館市電の競馬場前停留所ができ、1908年に函館本線の札幌競馬場前に仮乗降場が設置されて札幌と小樽から臨時電車を運行。これがこの後の全国の競馬場駅のルーツとなる。

    しかし1905年の馬券解禁はあくまで黙許であり、1908年に新刑法で賭博行為が取り締まりの対象となると、正式に馬券販売は禁止となる。これで競馬ブームはあっという間に終わってしまった。ところがその後も競馬の開催は継続され、一定の観客を引き付けた。実は入場券にレースの勝ち馬を書く投票用紙がついていて、当たると的中者の数に応じた商品券がもらえて、場外で現金と引き換えられるという苦肉の仕組みがあったという。

    1923年に、優秀な軍馬の生産・育成のために競馬が必要という陸軍の強力な後押しがあって、馬券発売を合法とする競馬法が施行され、ついにギャンブルとしての競馬が正式に認められる。これに伴って競馬は以前にも増して大ブームとなり、全国各地に競馬場が新たに開かれ、それとともに最寄りの鉄道に新たな駅がつくられる例も増えていく。
    愛知県一宮や神奈川県鶴見、東京都羽田、山梨県甲府など、今では競馬とは全く関係ない地にも競馬場がつくられ、それに伴い駅ができる例もあって、驚かされる。

    しかし太平洋戦争にともない競馬は縮小され、鉄道も戦時下では兵員や軍需物資の輸送に特化されてしまう。
    戦後に公認の競馬が再開されたのは1946年10月の東京と京都。しかしいわゆる闇競馬は、戦後すぐに復興資金を稼ぎ出すために行われていたというから逞しい。鉄道もそれらの利用客輸送に対応していたという。そして国営競馬(現中央競馬)と地方自治体による地方競馬という体制になり、戦後の高度成長にともない、鉄道とともに大きく発展していく。

    その後全国で開発が進むと、新たな競馬場の建設は難しくなる。そうなると既存の競馬場への輸送手段をめぐって、各交通機関がしのぎを削ることになる。
    例えば中山競馬場におけるJRと京成の争い。当初は京成が開設した競馬場前(現東中山)からのバス輸送が中心だったが、その後JR武蔵野線の船橋法典駅が開業して専用の地下道を開設し、より利便性が上がっている。
    また東京競馬場は国鉄の南武線府中本町駅、下河原線東京競馬場駅(1973年に武蔵野線に統合され廃線)、京王線競馬場前駅(現東府中駅)、西武多摩川線是政駅と4線が争ったが、京王線が1955年に競馬場線を開設して府中競馬正門前駅が開業。現在は競馬場に直結している京王線と南武線でうまくすみ分けている。

    そのほかにも、全国の競馬場駅の構造や歴史と、競馬開催に際して運行される特別列車など、鉄道ファンには関心が高そうな内容も多く紹介され、最後には矢野氏が訪れた海外の競馬場駅についてもまとめられていて、鉄道と競馬の両方が好きという人には、特に興味深い内容だと思う。しかし競馬自体についてはあまり触れられていないので、やはり鉄道ファン向けの本だと言えるだろう。交通新聞社新書であるだけに。

    ただあらためてJRAの冠レースを見てみると、マスメディアと鉄道会社でほぼすべてを占めており(唯一他業種なのは、トヨタ賞中京記念)、鉄道と競馬の結びつきの強さを強く感じる。このような観点でまとめた著作は貴重であるし、矢野氏は本職ではないのに実によく細かいところまで調べていることに感心させられる。
    興味がある人には、一読をお勧めしたいし、資料としても使える一冊である。