人生をくれた名馬たち MYCOM競馬文庫1

著者 吉川良     出版社 毎日コミュニケーションズ    

 人生をくれた名馬たち (MYCOM競馬文庫)

    Gallop誌の連載「愉快な競馬ターミナル」などでおなじみの、作家吉川良氏のエッセー。
    吉川氏といえば、1999年のJRA馬事文化賞を受賞した「血と知と地」という吉田善哉氏を描いた本など、競馬を題材にして、それにまつわる人の物語に定評がある。

    この本も、17頭の馬たちについて、それぞれの思い出を書いているが、中心になるのはやはり人の物語だ。
    吉川氏は競馬界に知己が多いこともあり、調教師などの話もでてくるが、印象深いのは、やはり名もない競馬ファンとの交流だろうか。そのあたりは、寺山修司と通じるところがあるけれども、こちらのほうがもう少し散文的という気がする。

    たとえばホワイトストーンの6歳(当時は7歳)のAJCC。(私は確か出先でラジオの実況を聞いていた記憶がある)
    4歳(当時5歳)の産経大阪杯を勝って以来、11連敗中だったが、不思議と負けても負けても人気がある馬だった。この日は9頭立ての6番人気だったが、小雨の中柴田政人騎手がレガシーワールドを相手にハナを切って逃げまくった。

        ゴールまで1ハロン。4馬身あったが、レガシーワールドとブリザードが迫っている。
        「おねがい、おねがい」
        私のとなりにいた髪の長い若い女は、いったい何度、「おねがい」を叫んだだろう。
        ムービースターも迫ってきた。「おねがい」は途切れず、ほとんど泣き声になっている。

    結局ホワイトストーンは2馬身半差で逃げ切り、吉川氏は「よかったね」と彼女に声をかける。彼女は涙目で吉川氏の腕を振り回し、200円の単勝馬券を見せる。特に感動的な話が続くわけではないが、思い入れのあるファンに対する、愛情あふれるまなざしが印象的である。

    もちろん競馬関係者との交流の話もある。
    シリウスシンボリをめぐる馬主の和田共弘氏と、調教師の二本柳俊夫師、加藤和宏騎手の関係は、転厩騒動にまで発展したので有名だ。後日それとなく二本柳師(すでに引退していたが)に振ってみたところ、言わぬが花とかわされてしまう。
    加藤騎手でダービーを勝っても、岡部騎手のほうがよかったと主張する和田氏。それに対して何も言わない二本柳師。お互いゆずらない人だ。そしてそのことを馬の立場でどう思っていたのかを、ぜひシリウスシンボリと語り合ってみたいという。

    しんみりしがちな話も、お涙頂戴にせずにさらっと書いているところに、個人的には好感を持つ。もちろん内心は、いろいろあるのだろうけど。