廃競馬場巡礼

著者 浅野靖典     出版社 東邦出版     

 廃競馬場巡礼

    人間は多かれ少なかれ、廃墟に惹かれるという。私も昔は考古学の発掘をやっていたこともあり、かなりの廃墟好きだと思う。昔は栄えていたのに、今はすっかりさびれているという場所に、不思議な魅力を感じるのである。鉄道ファンのひとつのジャンルに、廃線跡マニアというのがあり、本も出ているほど確立されているのだが、それと合い通じるものがある。

    競馬場の跡地というと、比較的有名なのは、JRAの重賞根岸記念にその名を残す、横浜の根岸競馬場(横浜競馬場)跡地だろう。現在根岸競馬記念公苑となっており、馬の博物館などがあるが、その一角にスタンドの一部が残されている。かなり遠くからも眺められ、その存在感には圧倒される。(Googleなどで”根岸競馬場”と入れると廃墟マニアの人々が撮った写真が多数見られる)
    あとはやはり目黒記念にその名を残す目黒競馬場。こちらは元競馬場前というバス停と、そのそばの記念碑ぐらいしか示すものは残っていないが、そばの住宅街に1コーナーから2コーナーにかけてのカーブの名残が、細い道路として残っている。

    このように書いてきてなんだが、この本には廃墟マニアが喜ぶような内容は、あまり書いていない。著者の浅野氏は廃線跡ファンだったそうで、各地の競馬場跡を訪れて、少しでも痕跡が残っていると大いに喜んでいるが、メインはそれぞれの競馬場の歴史と、廃止に至った経緯になる。というのも、廃止されて時間がたった競馬場跡は、その痕跡をほとんど残していないからである。
    競馬場というのは、一般にかなり大きな土地を使っているので、跡地はたいてい整地されて住宅地や公園などになっている。当然都会ほどその可能性が高い。

    また地方によってはギャンブルという負のイメージを消すためか、地元の歴史資料などでも無視されていることが少なくない。そんな中、浅野氏は丁寧に文献を調べたり、古くからの住民にインタビューをして、在りし日の競馬場の様子をできるだけ再現しようとしている。
    日本全国にかつては150以上も競馬場があったというのも驚きだが、その多くが戦後に復興資金を得るために開催され、豊かになってくると教育に悪いと白眼視され、赤字になるとたちまち廃止されていった。その流れは現在も続いており、ここ数年の間にも、上山、中津、高崎、宇都宮、三条などがなくなった。

    馬の話もほとんど出てこないし、まして馬券を当てる足しにはまったくならないが、日本の競馬の栄枯盛衰を知るためには、貴重な資料といえると思う。そして今まとめておかないと、手遅れになってしまうのである。
    文中には当時の写真や地図とともに、その競馬場にまつわるエピソードなどもコラム形式で紹介されていて読みやすい。また巻末には新旧の競馬場一覧がまとめられていて、思いがけず近所に競馬場があったことを発見できるかもしれない。