ホッコータルマエがやっと中央のダートG1を勝てたことについて ~チャンピオンズC

昨年までのジャパンカップダート(JCダート)が、名前も開催競馬場も変わって、新たにチャンピオンズカップとして生まれ変わりました。しかしレースは継承しているということで、回数は第15回とのこと。なんとなく違和感がありますが・・・。

JCダートが生まれたのは2000年。芝のジャパンカップ(JC)と同様の国際招待競走をダートでも実施しようと、東京競馬場のダート2100mで行われることになりました。第1回は2000年11月25日(土)。日曜日に行われるJCの前日ということで、なんとなく前座のような感じがしたことを覚えています。
その後、東京競馬場が改装中の2002年に中山競馬場のダート1800mで行われたのを除いて、2007年まで東京で行われました。2004年にはJRA設立50周年を記念してJCの前のレースとして行われ、JRAでは初めて1日にG1レースを2つ行うという貴重な日にもなりました。表彰式もそこそこにJCのパドックを見に行くというあわただしさを覚えていますが、ただ前座的なイメージはぬぐえませんでした。

そして2008年からは阪神競馬場のダート1800mに舞台を移し、日程的にもJCの翌週の日曜日ということで、ようやく1人前のG1競争になったという印象でした。しかし当初こそアメリカを中心に海外の馬も参加していましたが、右回りのコースは左回りしかないアメリカ馬には不利ということで徐々に参加馬も減り、2010年から2012年の3年間は外国馬の参戦が0と、国際招待競走とは名ばかりになってしまいました。
それもあって、再度開催場を左回りの中京競馬場に変更して招待もやめ、新たにチャンピオンズCとして再出発することにしたのでしょう。

その新生チャンピオンズCを勝ったのは、昨年1番人気で3着に敗退し、今年は2番人気で雪辱を果たしたホッコータルマエ。ホッコータルマエと言えば、地方のG1は昨年のJBCクラシックや今年の川崎記念など5勝もしているのに、中央のG1は2012年JCダート 3着、2013年JCダート 3着、2014年フェブラリーS 2着と、好走するのに勝てないという、不思議というか不運な存在でした。力があるのは間違いないのですが、なぜかゴール前で失速して負けてしまうのです。

よく、中央の馬場は軽く時計が早く、地方の馬場は深く時計がかかるともいわれますが、実は砂質や深さなどは、あまり差がないそうです。それよりもコーナーの数や半径、直線の長さや坂の有無などが走破タイムに影響しているようです。
実際に同じ馬のタイムや上りを中央と地方の馬場で比べてみても、必ずしもどちらが早いとかいうことはなく、単に馬場状態や展開、馬の状態などに左右されたのではないかと思われます。ホッコータルマエが中央のG1を勝てなかったのも、運や展開という要素が大きかったのでしょう。

ただし関係者としては、それでは負けても納得できるわけがなく、今日の幸騎手はレース後とてもうれしそうでした。これまで惜敗続きでかなり悔しい思いもしたでしょうし、自分のせいで負けたという気持ちもあったでしょう。
コーナーを回ってすぐに先頭に立った時は早いのではないかと思ったのですが、すぐ後ろから迫るローマンレジェンドやナムラビクターに、最後まで抜かさせなかったのは、幸騎手の意地もあったように思います。

幸騎手といえば、スティルインラブやブルーコンコルドでの活躍が印象的ですが、最近は中央のG1勝ちからは離れていて、調べてみると2008年のファイングレインによる高松宮記念以来の勝利でした。
一見勝負事には似合わないような端正な顔立ちですが、年間最多騎乗回数を更新するなど、熱い想いを隠しているのでしょう。これからもホッコータルマエとのコンビで、ダート競馬を盛り上げていってほしいと思います。

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