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馬の世界史

著者 本村凌二 出版社 講談社現代新書
定価 700円(税別)    
馬の世界史 (講談社現代新書)

今の日本で馬を見る機会といえば、競馬場か乗馬クラブぐらいのもので、それ以外に見ることはまずない。子供のころ馬事公苑の傍に住んでいて、日曜日の朝などに外乗りする馬の蹄の音で目を覚ました記憶があるのだが、今となっては、もうそんなこともありえないだろう。
しかし歴史を振り返ってみると、馬は常に人間のそばにいたし、人間の歴史に最も大きな影響を与えた動物であるともいえる。
この本は、人間の歴史を、馬を中心とした視点から描いたもので、いわば馬史観ともいえる歴史の見方を提示している。正直言って、今までそのような観点から歴史を考えたことがなかったので、そういう見方があるのかと、かなりのカルチャーショックを受けた。そしてあらためて馬が人間に与えた影響力の大きさに驚かされたのである。

著者は西洋古代史を専門とする東京大学の教授で、無類の競馬好きでも知られる本村凌二氏。あとがきでも書いているが、この本ほど書くことを楽しんだことはないという。確かに読んでいても、著者の喜びが伝わってくるようで、まさに趣味と実益を兼ねた著作と言えるだろう。

馬が人間に家畜として飼われるようになった正確な年代はわかっていないが、紀元前4000年ごろの黒海北岸の草原地帯にある後期新石器時代の遺跡からまとまった数の馬の骨と、はみ留めと見られる遺物が見つかっており、このころから馬を家畜にして、乗馬も行われていたのではと考えられている。しかしそれらが広がるのは、しばらく時間が必要だったようで、広い地域で馬が飼われるようになるのは、紀元前2000年ごろからと思われる。

馬に乗ったり馬車を引かせることによって、人間の生活は大きく変わる。それは何といっても、人、物、情報がそれまでとは比べものにならない速さで移動できるということである。その影響が最も大きく表れたのが戦いの場だった。馬が引く戦車を持つ強力な軍隊がメソポタミアの地に現れると、瞬く間にその支配地域を広げていった。馬を持つ文明と持たない文明の差は大きく、4大文明と言われるインダス、エジプト、黄河も、メソポタミアから生まれた勢力に飲み込まれていく。
馬によって人間の意識に刻まれた「速度」という観念は、世界の広がりという人間の認識を大きく変え、それが人類の歴史に与えた影響は計り知れないと著者は言う。それは近代における火器の誕生よりも、世界のありかたを大きく変えたのではないだろうか。
その証拠として、世界最初の大帝国として紀元前7世紀に成立したアッシリアは、騎馬隊と戦車隊によって広い地域の統一を成し遂げた。また中国最初の統一王朝で、始皇帝で有名な秦も優秀な馬を数多く持っており、有名な兵馬俑からは多くの馬や戦車、馬具などが出土している。
その後も、ペルシア帝国の成立や、アレキサンドロスの遠征にも馬が欠かせなかった。そして戦いだけでなく、平和な時代になると馬を使った楽しみにも、人々は大きな関心を持つようになる。いわゆるローマにおける「パンとサーカス」である。ここでいうサーカスとは、楕円形の走路で行われる戦車競走のこと。映画「ベン・ハー」でも有名である。当時の人気は熱狂的で、ローマの競走場には30万人以上も収容できたという。ここから人々は優秀な競走馬の育成にも励むようになり、それは現代まで続いているともいえる。
その後も、東方の騎馬遊牧民フン族に押されたゲルマン民族の大移動や、それに伴うローマ帝国の崩壊、遊牧民の大帝国トルコやモンゴルの成立など、馬が影響した歴史的なできごとは枚挙にいとまがない。

古来名馬の産地は中央アジアやアラブ、北アフリカ沿岸地域などで、いわゆる軽種馬が中心だったのに対し、ヨーロッパは馬産では後進地域だった。中世ヨーロッパの騎士は、背の高い重種馬に人馬ともに甲冑をつけて乗っていたが、その文化が大きく変わったのが十字軍の遠征だった。寒冷地に適した重種馬は、暑いイスラムの地では役に立たず、逆にスピードに勝り丈夫なアラブの軽種馬に、ヨーロッパの人々は惹かれたのである。
それ以降、ヨーロッパでの軽種馬の飼育が盛んになる。特にルネサンス期には獣医学や馬術に関する技術が進み、折しも印刷技術の発展による本の発行により、それらは急速に広まっていった。そして品種改良も進み、それは軍馬や農耕馬などから始まり、最終的にはイギリスでのサラブレッドの誕生にまでつながっていく。

産業革命以降、蒸気機関の発明、さらに自動車の大量生産などによって、移動手段や労働力としての馬の役目は終わっていった。しかしオリンピックに人間以外で唯一出場するなど、今でも人間とのかかわりが最も強い動物の一種であることは間違いない。そんな馬と人間の過去と今後を考えていくうえでも、とても楽しめる一冊だと言えると思う。



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