クラシック3冠の歴史と意義 ~牡馬編

いよいよ秋競馬が始まりますが、その話題の中心は、やはり史上初めて同じ年に牡牝の無敗の3冠馬誕生がなるかということでしょう。3冠馬の誕生だけでもすごいことですが、それが無敗かつ牡牝両方となれば、まさに空前絶後の記録となります。ただでさえコロナウイルスの影響で無観客競馬が続いている中で、まさに強く記憶に刻まれる年となるでしょう。

日本ではJRAの今年のカレンダーのテーマが「三冠。歴史に輝く蹄跡。」であったように、ファン、マスコミ、主催者問わずクラシック3冠は大きな関心を持たれています。
しかし実は世界的には菊花賞(イギリスのセントレジャー)に相当する長距離レースが古馬に開放されるなど3歳クラシックレースの体系が崩れている国も多く、日本ほど重視されていないようにも思えます。そんな中、クラシック3冠の歴史と意義について、牡牝に分けて考えてみたいと思います。

まずは中央競馬が範としているイギリスについて。
イギリスで最初につくられたクラシックレースは、1776年のセントレジャー(芝 約3000m)です。もともと5歳以上の馬が長距離で競うことが多かった中、3歳馬が1回限りのチャンピオンを決めるという形が徐々に人気になり、1780年にダービー(当初は1マイル。4年目から芝 約2400m)、1809年に2000ギニー(芝 約1600m)が作られて、3歳3冠のレース体系が出来上がったのです。
しかしあまり3冠という概念はなかったようで、重視されるようになったのは20世紀に入ってからのようです。

その長いイギリス競馬の歴史の中で、牡馬3冠馬はウエストオーストラリアン(1853年)からニジンスキー(1970年)まで15頭。しかしニジンスキーを最後に50年間も3冠馬は出ていません。
2012年にはキャメロットが2冠を制してセントレジャーに出走するも、惜しくも2着に敗れて42年ぶりの快挙はなりませんでした。

長く3冠馬が出現していない大きな理由の一つは、やはり長距離レースの地位低下ということがあるでしょう。実際に3歳の有力馬たちは、秋はチャンピオンステークス(芝 約2000m)や凱旋門賞(芝 約2400m)を目指すことが多く、スピード重視の傾向の中で種牡馬としての価値を考えた場合、セントレジャーはなかなか選択肢に上がらないと言えます。

もう一つは、距離ごとのスペシャリストが多くなってきたということがあると思います。イギリスの場合、春のクラシックは1600mと2400mと距離が1.5倍違うこともあり、そもそもその2冠を制することが難しくなってきています。
実際に1970年以降、春の2冠を制したのはナシュワン(1989年)、シーザスターズ(2009年)、キャメロット(2012年)のわずか3頭。
3冠馬といえば異なる距離をこなすオールマイティな馬というイメージですが、スペシャリストを目指す傾向の中では、そもそもその存在自体に価値を認めにくくなっていると言えるのかもしれません。

次にもう1つの競馬大国アメリカですが、こちらはすべてダートで、かつ距離も実施時期も近いということが特徴としてあげられます。
最初にできたのが1867年のベルモントステークス(ダート 約2400m)で、1873年にプリークネスステークス(ダート 約1900m)、1875年にケンタッキーダービー(ダート 約2000m)が作られて3冠レース体系ができあがります。しかしこちらも当初から3冠の概念があったわけではなく、3冠馬の称号が使われ始めたのは1930年と言われています。
3冠馬は1919年のサーバートンから2018年ジャスティファイまで13頭。1978年のアファームドからはしばらく3冠馬が出ず、かなり難しい印象を持っていたのですが、2015年アメリカンファラオと2年前のジャスティファイと続けて出て、盛り上がったのを覚えています。

アメリカの場合、3冠レースの距離に大きな差がないこともあり、イギリスのような問題はないのですが、開催時期の近さがネックになっていると思います。5月1週目の土曜日にケンタッキーダービーが行われると、その2週間後にプリークネスステークス、さらに3週間後にベルモントステークスという日程は、全力で仕上げるクラシックレースの間隔としてはあまりに短く、移動も含めた疲労を考えると、3歳の若駒への影響はかなり心配になります。
実際にケンタッキーダービーで負けた有力馬は、プリークネスステークスをパスしてベルモントステークスに備えることも多く、3冠達成をより困難にしていると思います。
しかしそれゆえに3冠馬の価値が高いという面もある一方、3歳時に酷使した影響で引退が早まり、種牡馬としての能力にも影響する危険もあり、長期的に考えると個人的には望ましくないのではと思ってしまいます。

そして日本ですが、最初にできたクラシックは1932年の日本ダービー(東京優駿)で、当初は目黒競馬場、1934年から現在の東京競馬場の芝2400mで行われています。続いて1938年に菊花賞(芝3000m)、1939年に皐月賞(芝2000m)が作られて3冠の体系が出来上がります。
3冠馬は1941年セントライトに始まり、シンザン(1964年)、ミスターシービー(1983年)、シンボリルドルフ(1984年)、ナリタブライアン(1994年)、ディープインパクト(2005年)、オルフェーヴル(2011年)の7頭。いずれ劣らぬ名馬揃いで、シンザン、シンボリルドルフ、ディープインパクトは産駒からダービー馬を輩出して、クラシックの狙い通り種牡馬としても活躍する馬が多い印象です。

個人的に初めて生で見た3冠馬はナリタブライアン。皐月賞のころからすでに3冠馬の声が上がっており、実際に皐月賞の3 1/2馬身差からダービー5馬身差、菊花賞7馬身差と走るたびに着差を広げる完勝でした。しかしタマモクロスやオグリキャップとのコンビで名をはせたもののクラシックとは無縁だった南井騎手の、冷静で慎重な物言いとのギャップが、ある意味印象的でした。
ディープインパクトも皐月賞前から3冠馬確定という印象で、その安定感と抜けた強さは、トップジョッキーである武豊騎手の天才のイメージとの相乗効果もあり、ファンだけでなく競馬関係者全体からの後押しを受けた3冠達成という感じでした。
それに対してオルフェーヴルは皐月賞では4番人気とクラシック前は伏兵的なイメージ。ところが東京で行われた皐月賞を3馬身差で圧勝すると走るたびに強くなり、不良のダービーも距離伸びた菊花賞も圧勝。ただ菊花賞でゴール後に池添騎手を振り落とすなど奔放で、天才肌で優等生的な上記2頭とは一線を画す感じでした。

しかしイギリス同様に日本でも長距離レースの地位低下傾向は明らかで、菊花賞は春のクラシック勝ち馬の出走が少なくなっています。
ここ10年で見ると、皐月賞馬は5頭と比較的出走していますが、ダービー馬はわずか2頭(いずれも3冠馬のオルフェーヴル含む)。不出走8頭のダービー馬の内、怪我や体調不良での回避は4頭で、あとは海外遠征2頭、天皇賞(秋)1頭、JC1頭。回避のうち2頭は菊花賞を目指さないと思われたので、無事であったとしても、過半数が菊花賞は選択肢になかったことになります。
皐月賞より距離の近いダービー勝ち馬が出ないのは不思議でもありますが、より高みを目指す中で、3歳限定と相手関係が楽なG1にもかかわらず、菊花賞という長距離レースの魅力は大きくないということなのでしょう。

特に象徴的なのは、常にリーディング上位に顔を出す堀厩舎のドゥラメンテ、藤沢和厩舎のレイデオロだと思います。
ドゥラメンテはダービー後に骨折が判明して早々に秋は全休が決まったものの、2冠馬にもかかわらず堀調教師は菊花賞に出す考えはなかったと言われています。またレイデオロは秋は神戸新聞杯快勝の後、菊花賞には出走せずJCで2着に好走しましたが、ルメール騎手がボス(藤沢和調教師)は菊花賞が好きではないと発言しているのを聞いたことがあります。
これはもちろん馬の距離適性を第一に考えた選択とは思いますが、やはり種牡馬としての価値を考えた場合、長距離レースでの実績はプラスにならないと考える調教師やオーナーが多いことの現れだと思います。

ただし日本の場合、イギリスよりも3冠レースの距離差が少なく、菊花賞を勝った馬が必ずしもステイヤーではないこともあり、3冠馬の価値は維持されていると思います。特にサイアーランキングを独走するディープインパクトの種牡馬成績は価値が高く、またオルフェーヴルも産駒からラッキーライラックやエポカドーロという中距離で活躍するG1馬を生んでおり、3冠馬の名声を高めています。
その意味では、しばらくは3冠馬の存在価値は日本では揺るがないと思います。ただし関係者に菊花賞軽視の傾向があるのは間違いなく、やはりイギリスをはじめとした各国のように、3冠馬の価値は徐々に過去のものになっていくのでしょう。

競馬を始めたころに聞いたシンボリルドルフの成績に感銘を受け、寺山修二のエッセイでシンザンの偉大さを知ったことから、3冠馬には強いあこがれの気持ちを持っていました。そして実際に3冠馬たちのレースを見て、どんなコース、距離でも強いパフォーマンスを見せる3冠馬は偉大だと強く感じたのです。そのため、個人的には3冠馬の歴史は維持していってほしいと思っていました。
その意味で今年のコントレイルがどうなるのか矢作調教師の意向が気になったのですが、ダービー後すぐに3冠を目指すという力強い表明がありました。個人的にはホッとするとともに、その姿勢をたたえたいと思いました。

春の時点でコントレイルの力は抜けており、まだトライアルも行われてはいませんが、夏の上り馬を含めて有力な対抗馬は見当たらない印象です。コントレイルの無敗での3冠達成はかなり可能性が高いのではと思いますが、はたしてどうでしょうか。
コントレイルにはディープインパクトの代表産駒として、ぜひ3冠馬のさらなる価値向上に貢献していってほしいと思います。

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