シンボリクリスエスの思い出

シンボリクリスエスが種牡馬を引退するというニュースを目にしました。すでに10/20に繋養されていたブリーダーズスタリオンステーションを退厩して、今後余生を送る成田のシンボリ牧場に10/21に着いたそうです。
今年はディープインパクト、キングカメハメハが相次いで亡くなり、シンボリクリスエスも引退と、時代の変化を印象付ける出来事が多い気がします。

8/25にブリーダーズスタリオンステーションを訪れたのですが、その際にシンボリクリスエスに会っていたので、突然のニュースにはちょっと驚かされました。
シンボリクリスエスの馬房は、他の馬とはちょっと離れていて、ジャングルポケットと2頭だけ別の厩舎にいました。2頭ともなかなか顔を出してくれず、しばらく待っていたのですが動かないので、仕方なく別の馬を見に行きました。
少しして戻ってくると、ちょうどスタッフの方がニンジンを持って来ていて、それを使って2頭とも外に顔を出させようとしてくれたのです。ジャングルポケットはどんなにがんばっても、柵の外に顔を出してくれないそうですが、シンボリクリスエスは顔を出してくれて、しばらくおとなしくたたずんでいました。
今年で20歳とのことで、年のせいかちょっと元気がないかなという印象を受けました。隣のジャングルポケットの方が1歳年上ですが、シンボリクリスエスの方がちょっと老けた印象で、気になったのを覚えています。

種牡馬を引退した理由はわかりませんが、今年も種付けは行っており、この時期までスタリオンステーションにいたということは、来年の種付けも考えていたのでしょうから、突然のことのようでちょっと気になります。

シンボリクリスエス(父はロベルト直子のクリスエス)は2001年10月に、美浦の藤沢和厩舎からデビュー。2歳新馬を勝ち、3歳になってから3戦は勝てなかったものの、4月に500万を勝つと、その勢いで青葉賞も連勝します。
しかし続くダービーはタニノギムレットの2着に惜敗。この時、個人的には同厩舎のマチカネアカツキ(6番人気)を応援していたので、ゴール前でシンボリクリスエス(2番人気)にアタマ差差されて、配当も安くなり悔しかったことを覚えています。

その後、秋は神戸新聞杯を快勝したものの菊花賞には向かわず、中山で行われた天皇賞(秋)を3歳で勝って、さらに有馬記念も制して2002年の年度代表馬に選ばれます。
この年の中山で行われたJCを見に行ったのですが、シンボリクリスエスは1番人気ながら、 L.デットーリ騎手騎乗のファルブラヴからハナ、クビ差の3着に敗退。デットーリ騎手は前日のJCダート(イーグルカフェ)に続く2日連続のG1制覇となり、その騎乗に魅了されました。
このレースは、最後の直線でファルブラヴとC.ナカタニ騎手騎乗のサラファンにO.ペリエ騎手のシンボリクリスエスを加えた3頭がすさまじい叩き合いを演じて、ゴール後にはナカタニ騎手がファルブラヴの進路妨害の異議申し立てをするという、日本ではあまり見られないことがあって、外国人騎手(ナカタニ騎手は日系人ですが)の勝利への執念のすごさを見せつけられて、とても印象に残っています。

翌年、宝塚記念は1番人気ながらヒシミラクルの5着に敗退し、ミラクルおじさんの高配当ゲットに貢献してしまいます。しかし天皇賞(秋)、有馬記念を連覇し、2年連続の年度代表馬に選ばれました。
特に有馬記念は直線に入って後続を離す一方の独走状態となり、なんと2着のリンカーンに9馬身差の圧勝を飾って、自らの引退に花を添えました。

その後の種牡馬としての活躍もすばらしく、G1馬もサクセスブロッケン、アルフレード、ストロングリターン、エピファネイア、ルヴァンスレーヴと5頭(6勝)を輩出。特にエピファネイアは父が勝てなかったJCを驚くべき強さで制して、父の名をさらに上げました。
来年生まれる産駒が最後となりますが、さらなる活躍馬を期待したいと思います。

最後に、8月に撮影したシンボリクリスエスの雄姿を紹介します。

ブリーダーズスタリオンステーションにて 2019年8月25日
ブリーダーズスタリオンステーションにて 2019年8月25日

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